「ね、わたしの着替え一式包んでくれたのって晋助?」

浴室から戻り、部屋の襖を開けたわたしが開口一番にこえにしたのはそんな疑問だった。
晋助に言われた通り、秒で湯浴みを済ませることは出来ず、でもいつもよりきもち早めに身体を洗い流した。擦り傷に水や泡が沁みて、いつもならシャワーや桶をもつ手がびくびくしてしまうけど、構わずせっせと決まった流れを終わらせた。
切れてしまったくちの中も、何度かうがいをしてすすいだ。

水気をタオルで拭い取り、風呂敷の中の着替えを身につける。
水分を含んでべちょべちょになったガーゼや絆創膏を引き剥がし、部屋にむかって走った。急いでいたために剥がしかたが乱暴だったものだから、引っ張られた肌がびりびりと痛みをもったままだったけど、そんなこともどうでもよかった。とにかく晋助のところに早く戻りたかった。

「他に誰がいるってんだ」
「そっかあ。じゃああのパンツ選んだのも晋助なんだね」

変わらず窓枠で足を組んでいる晋助のいつもの姿に、脳内でほっと息をつく。
安心したことでのんきな話題を出しながら、わたしは卓袱台のそばにしゃがんだ。解かれて正方形になった風呂敷をつくえの上に広げ、きれいにきれいに、と念じながらそれを畳む。そんなことに意識を集中させていたから、背後に迫ってきている晋助に気づけなかった。

「ぎゃ!」

晋助の片手にあたまをがしりと掴まれ、ぐりぐりとちからを入れられる。
おもわず手のなかの風呂敷をぎゅっと握ってしまい、しわが寄りそうだったので慌てて手離した。うしろの晋助が見えるわけでもないのに目線だけを上にむける。

「遅れた思春期でもやってきたか?ん?」
「へ?!ししゅんき?」
「風呂はよくて着替えは気になる違いが全く理解できねェよ」
「嫌だったわけじゃないよう!ただ晋助がわたしの着替え棚から出して、もってきてくれたって考えたら、んふ、おもしろくて」
「ガキ」
「わああ、」

ぐわんぐわんと、頭上に乗った晋助の手があたまを揺らした。船に乗っているわけでもないのに酔ってしまったらどうするんだ。
こころではくちを尖らせながらも、なんだかしがらみがなくなったような晋助とのじゃれ合いにうれしくなって、口角は上がりっぱなしだった。

「わたしのお気にいりだって知ってたの?あの黒ねこちゃんパンツ」
「色っぽいとまでは言わねーがもっと年相応のものを履いたらどうなんだよ。いくつだテメェ」
「使い古したのが履き心地抜群なんだもん。それにあれを選んで持ってきたのは晋助でしょ。引き出しの奥にもっといろいろあったのに、白のレースついたのとか水色の花柄とか、」
「るせェくちだな、塞ぐぞ」
「わ!、って近ぁ!!」
「そっちかよ」

ぐるんとくびを半回転させられた先には、びっくりするくらい近距離に晋助のかおがあって、単純というか間抜けすぎる感想を大声で言ってしまった。もしかしたらつばが飛んじゃったかもしれない。

「優美」
「ん、…晋助、?」

つばのことが心配で慌てるわたしをよそに、晋助はぐっとかおを歪めた。わたしのくちびるを親指でなぞったり、ほっぺたをそっと撫でたりしたあと、ぎゅうと抱きしめられる。

「戻ってこれたな」
「う、うん」
「迷子にならなかったか」
「あ、…お風呂?大丈夫だったよ、近かったから…」
「傍まで連れていってやるべきだった」

ここまで心配することだったのかな。そりゃあ、今回の件のこともあるし、パンツはこんなだし久しぶりだからといって晋助とお風呂に入れる!と喜んでしまうようなこどもだけど。
ただの心配という表現だけでは、なんだか足りないような、違うような気がする。

「…もしそうしてたら、また離れられなくなってただろうねえ」

晋助は何も答えなかったけど、く、とちいさく喉を鳴らした。

「もう離れてなんて言わないよ」

晋助がわたしのくびに埋めていたあたまをもぞりと動かす。

「頬のとこ、…貼り直すか」
「あ…うん」
「まだ痛むだろ」
「あ…、」

左側のほっぺたをなでるゆび。痛むというのが、平手打ちをされたほうのことを言ってるとすぐに分かった。

「へ、へいき!」

わたしがそう力強く言っても、晋助のかおは変わらない。眉もひそめられたまま。ほんとうは痛いのを、我慢してるとおもっているのかもしれない。

「へいきだよ、たった今大丈夫になったもん」
「なんでだよ」
「晋助にいっぱいぎゅうって!ぎゅーーってしてもらったから!」

なんとも根拠のない理由だと誰かにもし言われても、偽りはなかった。晋助には、晋助だけには通じるとおもった。
晋助がたくさんのやさしいを、くれ続けたからもう大丈夫。

「…なんでだよ」

晋助がわらった。ふわりと春の風が吹いたような、やわらかい温度をもった笑みだった。
晋助のことを安心させてたくて、どうにか笑ってほしかったから言ったことだった。それなのに、わたしは満足するのを通り越して、そんな晋助にまた涙が出そうになってしまった。
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