「あ、…あ!晋助だめ、やっぱりだめ!離れて!」

少しの間ねむっていたというのに、晋助の両腕に包まれると変わらない居心地のよさがわたしの意識をまた沈めさせようとする。当然、この至福から抗いたくて制止のこえを上げたわけじゃなかった。
あることに気がついたため、わたしは自分のからだを捩らせた。ほぼちからが入らなかったのは、なんだかんだやっぱり離れたくないという葛藤が渦巻いてるからだ。

「あァ?」

濁点が。ただのあ、という母音にきっと濁点がついてる。ありありと不機嫌さがこもった晋助の返事にわたしはうう、と吃ってしまう。晋助の反応はおかしくない。ぎゅってしてとお願いしたのに、結局拒むことを言ったわたしが考えなしだっただけ。

「忙しいヤツだなテメェ。さっきから一体どうすりゃ満足なんだよ」

わたしのあたまに置かれていた晋助の手が、今度は顎を掴んでそのまま上を向かされた。ずっと胸元にあった視線が、晋助の片目とかち合った。あ、近い。顎にあった手がうごくと、今度は親指とひとさし指でくちの端を挟まれぐにぐにと揉まれる。

「んむぐ、あ、あの…しんすけ」

普段ならこんなことでもめいっぱい、晋助がさわってくれたと喜んで、じゃれることができるけど今ははんぶん、いや8割 やっぱ9割かな、うん。9割弱くらいしかよろこべない。もうそれほぼよろこんでるじゃん。話しが逸れた。

「わたし今日、汗いっぱいかいたの!あと煙もたくさん浴びて走ったりもしたから…う、だから」
「だから?」
「く、くさいかもだし…やっぱり離れて…」

泣く泣くそう告げて、しぼんでゆくときの風船のきもちってこんなかんじかなあとおもった。さっきまであんなにうれしいでぱんぱんになってたのに。

「どこも匂わェよ」
「うそだあ…」
「どれ」
「あっ、え、ぎゃぁああ!!」

こめかみに鼻を近づけた晋助にどきりとしたわたしを余所に、晋助はそのままわたしのくびすじにかおを移動させて、あろうことかすうと音を立てて息を吸った。

「色気のねー声だな。言うことは一丁前に女らしいのによ」
「ばかあ!」
「あ?なんだって?」

びっくりし過ぎてかわいらしさとは程遠い叫び声が出てしまった。おどろいたときに可愛さなんて必要なのかななんておもうけど、晋助にはよくおもわれたいというのも事実で、色気のないという感想にしゅんとしたり。

「っわぁ!」
「…誰が、」
「し、晋助?」
「離すなんざしてやるかよ」

起き上がっていた上半身が再びふかふかのおふとんに倒されて、お互いの鼻先がふれあうくらい、近くに晋助がいてあたふたしたり。さっきから忙しい。
なにこれ。すごいどきどきしてる。うれしいってきもちもあるけど、それだけじゃなくて。

「ね、晋助…ほんとに、におうから…晋助に幻滅されたらわたし生きてけないぃ…」
「おまえ煙の中走りまくったんだろーが、それでも生きてんだろ今」
「それくらいで死んだりしないもん!晋助に嫌われるほうがむり!御陀仏しちゃうもん!」
「…は、ッ…クク」

ちょっと盛ったような言い方だったかもしれないけど心の底から真剣だった。するとめずらしく、こえを噛み殺したような笑いをこぼす晋助に一瞬ときが止まってしまった。これは晋助が、余計なものなんて含まないで、ほんとうにただ笑いたくて笑っているすがた。
目の奥がまた、あつくなった。

「しんすけ…」
「何だ、離してなんかやらねーぞ」
「あの、」
「こう出来るまでどれ程掛かったと思ってやがる」

離してほしいから呼びかけたんじゃない。晋助の感情がたくさん、ほろほろとわたしに与えられてうれしかったから。過激派攘夷浪士、鬼兵隊の総督。そんな名前が世に知られている傍ら、この感情たちはわたしだけに知らされる、わたしだけが知っている。
わたしをおふとんの上に押し倒した晋助が、ただたのしいからというだけで笑うことも。くるしくて仕方なかったと、そんなきもちをたっぷりと声に乗せて、離さないと訴えることも。わたしだけが、知っている。

「わたし、女だよ」
「…あァ、そうだな」
「一丁前じゃないけど、でも、女なの」
「知ってらァ……そうやって、前言を聞き捨てしなくなったところも女だな」
「聞き流さないのはきらい?」
「他の女ならば面倒な気質だと感じるが、お前だとそういう姿も育ったなァとしみじみする」
「ほかのおんなってだれ」

おもわず早口になってしまったわたしの問いに、未だくびの辺りから離れないあたまが、漏れ出た笑い声とともにちいさく動く。晋助のさらさらとした髪の毛の感触がやさしい。晋助はいつだって、わたしにやさしいをくれる。

「誰だろうな…そういや、そんなヤツ想像でしかねェな」
「しん、す」
「俺が知っている女はお前だけだった、優美」

晋助がどんなかおをしているのか、わたし自身もどうなっているのか。わたしは天井を向いて、晋助は依然わたしの首にかおを埋めているから、お互いに確かめることは出来なかった。目頭が熱くなってゆくのを感じる。
ふるえてしまっている唇をそっと開いた。

「もしかして 言いくるめてる?…こんなことを言うのも、っめ、…めんどうだと、おもう?」
「事実を伝えただけだ。言い包めたりなんざしてねェし、勿論思ったりもしねェ」
「…ほんとう?」
「不安な思考にさせちまって力不足だと、そう思う」
「わたし、不安になってるんだ…」
「普段のお前ならば真っ先に笑ってくれるからなァ」
「うん、…笑うよ、ほんとはうれしかったもん」

晋助が知っているのは、わたしだけ。そばに居たのはわたしだけ。なんてうれしいことだろう。

だらりと放り出されていた腕を、そっと晋助のせなかに回した。こうする度におもうことはいつだっておんなじだ。
こうして、わたしの腕は晋助のことを抱きしめられるようになれて、うれしいと。

「…むかしぎんちゃん達と、女の人といちゃいちゃするところに行ってたのは?」
「そこであったことなんざ知った内に入らねーよ」
「そうなの?」
「あァ」
「ほんとうに知ってるのは…わたしだけ?」

我ながら鬱陶しいが過ぎてると、そうおもうのに。どんなときも晋助が甘やかしてくれるから わたしはここまでくちを閉ざさないでいる。
晋助は少しのあいだ黙っていたかとおもうと、ようやくゆっくりとした動きでかおを上げた。さっきから起こることにいっぱいいっぱいで、もう痛みがあったことなんて忘れてしまったわたしの左頬に、晋助はそっと手を添える。

「お前だけだし、まだ俺が知らねェお前のことも、ある」

晋助がまっすぐわたしを見てそう言ったことの意味を、まったく理解できないような成長をしたわけじゃなかった。もう、なにも分からないこどもじゃない。

おとなのかいだんをのぼる。

以前ぎんちゃんが溢したこのフレーズはどんな意味合いを含んでいたのか、まだぼんやりとだけど、答えが徐々に形づくられてくる。この形をはっきりとさせてくれるのも、答え合わせをしてくれるのもたったひとり、晋助しかいない。
だから ぎんちゃんもそれを分かっていたから。わたしがくびを傾げてしまうような、遠回しな言いかたをあのときしたのかな。
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