そばにいるだけじゃ満たされない。わたしだけを見て欲しい、ふれたい、じぶんのものにしたい。ほしいものは今もむかしもひとつだけ 出会ってから、変わったことも勿論変わることもない。けれどもわたしにとっての全てであるその存在は、あまりにもおおきくて、いつだって一本の道をまっすぐに、先頭を進んでゆくその背中を追うと、自分がとても愚かで欲張りものだと痛感させられる。
そばにいたいと言えば応えてくれるし、かなしくなって涙を流せば目元をこれでもかとやさしく指で拭ってくれる。それでも足りない。もっと、もっとほしい。ほしくて堪らない。そしてそれは、いずれ壊れるこのせかいに生きている限り、けして手に入らないものだということを知っている。
だからわたしは、縋るようにおなじ約束とその返事を何度も求めた。

ちからをもっているか、剣を扱えるか否か、それだけの違いだとおもった。わたしも何ら変わらない。ちがうのは無力という部分だけであって、わたしを動かしたのもただの貪欲な感情だ。こんなわたしのどこが、綺麗だというの。







「まァ座れや」

つい先ほど、万斉さんはわたしをなかへ促し、恐る恐る部屋のたたみの上に両足を踏み入れたのを確認したあと、襖を閉めたのをさいごにどこかへ行ってしまった。遠ざかっていく足音はついに聞こえなくなり、ばくばくと鳴り続ける鼓動の音だけが耳のおくを支配する。
晋助は、冷や汗が止まらないわたしからかおを背け、再び窓のそとへ視線をやった。ただ立ち竦むだけでなにも考えられなくなっていると、流れる沈黙を途絶えさせたのは晋助のほうからだった。ことば通りにその場で正座をすると晋助はまた声を投げかける。

「…なにしてやがる、そこに座布団があるだろう」
「え、あっ、…」

そう言って右手にもった愛用の煙管で指された場所に、おろおろと目線をうごかした。たしかに、晋助のいる窓際の斜め前には上質そうな座布団が敷かれている。これは気遣いだろうか。それともそこへ座れとそれとなく命じているのだろうか。断っても状況は変わらないし、むしろ悪くなるだろうと判断したわたしはそろそろとそばに近寄り、勧められた座布団のうえへ腰をおとした。
行灯の明かりでぼんやりと照らされる、相も変わらずきれいな肌と横顔に、このひととまた会うことができたんだなあと、今更そう考えてしまうくらいにはタイムラグが起きている。距離が縮まったこともあって実感し始めたのかもしれない。

「どうだった」
「え?」
「外だよ。心行く迄堪能できたか?そういや、おまえが無断で出て行ったのはこれが初めてだなァ」
「……」
「おまえみたいな世間知らずはとうにくたばっちまってたかと思ったよ」
「なんで、…」
「あァ?」
「なんでそんなこというの」

やっぱり帰れない。からだを近寄らせても、たとえこのまま晋助のとなりに座ることができてもきっと、わたしの帰りたかった場所には、帰れないとおもった。
きょうのできごとがぐるぐると頭の中で回る。こわかったこと、悲しかったこと。

「死んじゃうかとおもった」
「……」
「こわかった。少なくとも、きょう目の前で起きたお外のせかいは」
「そうかい」
「どうして迎えに来てくれなかったの」
「……」
「こわかったよ、もう……晋助に会えなくなっちゃうかもしれなかったことが」

まばたきをして、耐えられなかった涙が目尻からひとすじ、ほっぺを伝っていったのに晋助はそれを拭ってはくれなかった。初めてだった。それが悲しくてぎゅうと手を拳骨のかたちで握りしめれば、晋助はようやくわたしの目を見てくれた。徐に立ち上がりゆっくりと歩を進める。そうして足を止めたのは、わたしの真正面。

「優美」
「は、い…」
「歯ァくいしばれ」

乾いた音がした。一瞬で起きたできごとって、あたまが処理に追いつかないから音も痛みもあとから感覚がやってくるんだなとおもった。畳んでいた脚は崩れ、上半身は倒れてしまい座布団のそとへ投げだされている。
何日も晋助のもとへ帰らなかったのはたしかに今回が初めてのことだったけれど、晋助に叩かれたのは これで二度目だ。
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