髪飾りをつけた女の子と、めがねをかけた男の子に支えられながら列車のなかを出る。このふたりは見覚えがあった。岡田さんとヅラがけんかをしておおきな惨事になったとき、うちの船に乗っていた子たちだ。

「優美…よかった、」

外に降りれば、至る所に切り傷や刀傷が出来たぎんちゃんが肩を抑えながら駆け寄ってきた。かおにこびりついた赤い色にまた、じくじくした感覚に蝕まれて息がくるしくなる。そんなわたしのようすにぎんちゃんは気付いたのか、おおきな手をわたしの頭に置いた。

「んなかおしなくても平気だよ、俺ァ。毎日カルシウムとってて丈夫だから。お前のほうが腕んとこいてーだろ」
「……っぅ、ぁ、ぎん ちゃぁ…、」
「怖かったな」

喉を震わせるわたしを引き寄せたぎんちゃんは、そのまま胸元にわたしのかおを押し付けてぽんぽんとあたまに置いた手をやさしいちからで叩いた。

「近藤さんも、そうごくん、も、ひじかたも……伊東さん、も……」

聞いたこともないくらいの爆発音がして、なにがなんだか分からなくなった。こっちに来ちゃダメアル!と女の子に制止され、しばらくこの目の前にある現実にぼんやりとしてしまっていた。
それからほどなくして、ひじかたが伏せろと張り上げた声を上げた瞬間、わたしの身体は近藤さんのほうへ突き飛ばされた。そのまま近藤さんは素早くわたしを座席の下の空間にしゃがみ込ませた。わたしに覆いかぶさっていた身体の正体はそうごくんだったのが、銃声の音が止んでから分かった。みんなを助けたのが、伊東さんだったことも。

「みんなが護ってくれたの、わたしなんかを だから生きてるの、わたし」

うそをついてみんなを騙した、わたしなんかを。真実を言えないのは、わたしがみんなに嫌われたくないと望んでしまっているからで、真選組のひとたちに感情が湧いてしまっている自分を、認めることがわるいとおもっているからだ。
わたしは帰るんだ、晋助のところに。伊東さんがあそこまでしてくれた。帰りたいとおもう場所は、だいじなものはそれだけでいいんだ。欲張っちゃだめだ。そうして言い聞かせないと、どうにかなってしまいそうだった。

「万事屋…優美ちゃんを」
「わーってるよ、みなまで言われなくてもなァ」

近藤さんがぎんちゃんにそっと耳打ちして、わたしを見るとぐっとかおを歪め、それからまた口もとを引き締めた。

「怪我させちゃったね」
「みんなのほうが…いっぱいしてる」
「俺達ゃいいんだ、こんなのおまわりさんはいつもどーりさ」
「なんで…わたしのこと、じゃまだったでしょ」
「思わないよ、そんなこと。こんなことに巻き込んで、キレーな手に怪我させちまって、申し訳ないきもちしかない」
「なんで、」
「ごめんね。先生のそばにいてくれて、ありがとう」

そう言い残し、近藤さんは背中を向けて真選組のみんなのところへ歩いて行った。ぼやける視界は何度目元をこすってもそのままだ。涙がとまらない。

「優美、辛ェなら無理して見なくていい。…見んな」

それがなんのことか理解して、さっき近藤さんがぎんちゃんに、何かつたえようとしていたことも分かって、わたしはぎんちゃんの身体をそっと押した。ぎんちゃんは、わたしのあたまから手を離し、引き寄せた身体も離すと、靴から二、三度砂利のおとを鳴らしてとなりに並んだ。

「みてる、伊東さんが大丈夫になるまで」
「…いつの間にそんな強くなったんだかねぇ」
「つよくないよ、泣くことしかできなかった」
「お前の考えてる強さが剣振って血ィ流すことなら、あいつの育てかたは碌でもなかったってことになっちまうぞ」
「………ぅ、」
「…あー、…悪かった、お前が考えるにはまだはえーことだよ。深く考えなくていい」
「つよいって意味をそんなふうに、教えてもらったことなんかない…育ててもらってもない。いつだって護ってもらったよ、きっと今日みたいなおもいをしないようにって」

誰がなんと言おうと、わたしだけが晋助のやさしさを知っていればいいとおもっていた。けれど、何も知らずに勝手なことを言われれば否定だってしたくなる。そうごくんに捕まりそうになったあの始まりで、晋助のことを知らないと嘘を言った反面、こころの中では密かに反論していたことをおもいだした。ああするしかなかったとはいえ、あのときは悔しかった。ぎんちゃんがいまの晋助をどうおもっているのか分からないけど、つづくぎんちゃんのことばに身体も声もぜんぶ、震えてしまった。

「…知ってる、んなこと 腐っても優美だけは捨てらんねぇのがあいつだよ」
「……そうかな」
「そうやって育てられたから、今お前はしんどくても目ぇ逸らさねえでいられるんだろーよ」
「うん、」
「だから俺やあいつらも必死こいて、ヤツも…死んでもお前を護ろうとしたんだ」

ぎんちゃん、わたしどうしてもわからないよ。誰かに血を流させてまで、そんなことしてもらうような人間じゃないの。

「分かんないけど……みんなびっくりするくらいやさしくて、お人好しだから。ひじかたもわたしの言ったこと、少しくらいはおもいだしてくれてるんだろうなって、」

身体を横たえらせた伊東さんにひじかたが剣を投げてよこした。ぴくりと伊東さんのゆびが動く。よろよろと立ち上がる身体の周りの地面は、もう赤黒い。

「それだけは、分かる…」
「そーだな。あいつらは、あいつらの仲間をあのまんまで終わらせることなんざしねェ奴等だよ」
「うん…」
「お前とした約束も忘れるような連中じゃねェ。ホントいつの間にそんな仲良くなったんだよ…よく分かってるじゃねーか」

目を凝らして輪の中央を眺める。震える伊東さんが立ち上がり構えるのを、ひじかたが、みんなが待っている。血塗れの列車に乗っていたときはあまりの悲惨さに非現実感が拭えなかったのに、今はお月さまがいつのまにか かおを出していて、やさしい明かりでこれは現実なのだと知らしめてくる。
晋助が怪我をしたときとはまた違う、ほんとうに、命が終わってしまう現実だ。

「最後は…武士として…仲間として やつを死なせてやりてーんだよ」

おおきなこどもだとおもった。悪い意味じゃなくただ純粋に、あれがほしいと、素直にそう言えなくなってしまった、意地っ張りなこども。きっとつらいことがきっかけで、ほしいという感情がどんどん表に出せなくなってしまった、こども。
だからいつのまにか、晋助に習った敬語で、ていねいに話すことが無くなってしまっていた。握った手が離れた瞬間も、今も、あのひとの笑ったかおはとてもおだやかで、どこか無邪気だった。

「土方ァァァァ!!」
「伊東ォォォ!!」

剣が、ひとを斬る音をこんなにもゆったりと、耳にこびりつくような響きに感じたのは初めてかもしれない。
一瞬だけ、宙に舞った赤が、とてもきれいだとおもった。近藤さんが教えてくれた、きれいな最期ということばが、あのとき椿の花をみた情景がすっと過ぎった。

伊東さんが振り向く。そこにはずっと、彼が焦がれてほしかったものがあって、だから 今の涙は、うれしいから流れているものだ。

「あり…がとう」

ここにまでちゃんと届いたその声に、伊東さんの血がついた両手をぎゅっと握りしめて、わたしはくちを開いた。

「こちらこそ、」

あのとき助けてくれて。ここまで連れてきてくれて。忘れさせないでくれて。ひじかたはなんて返したのかな。
きっと聞くことはない、分かることもないし、分からなくていい。ふと、考えてしまっただけだ。

「…優美、」

列車の影から、足音が聞こえた。ほんのすこし気配には気づいていた。着物の袖でかおを拭い、振り向いてひさびさにその姿を目に映す。わたしの、かぞく。血なんて繋がっていないけど、それでも。

「万斉さん…」
「迎えに来たでござる、もうここにいる理由はないだろう」
「生きてたのかよテメェ」

ぎんちゃんはわたしを背中にかくし、前に腕を翳した。

「くたばってくれりゃァ俺がこいつを、」
「死んでもさせぬ」

ぎんちゃんのことばを遮って、万斉さんが言い放った。腰に差した剣に手が伸びようしているふたりの動作をみて、真選組のみんなに気付かれないよう声をあげる。

「やだ…!」
「……」
「優美、」
「くたばるも、しぬ、も…今はやだ…」

ぎんちゃんがわたしの名前を呼んで、ぴたりとふたりのうごきが止まった。
せっかく拭ったのに、またかおが涙や鼻水だらけになってしまいそうだ。もう、目の前で起こる現実をこれ以上受け止めることはできそうにない。容量は限界だった。呼吸が息苦しくなるわたしに万斉さんは近付き、敵意がないことを伝えたかったのかぎんちゃんに向けて両手を肩の前であげた。

「高杉に伝えとけ、次また優美をこんな目に合わせたらぶっ殺………ワンパン食らわせてやるってよ」
「帰るでござるよ」

両手を下ろした万斉さんは、ぎんちゃんの伝言には返事をせずわたしの手首をそっとにぎった。
いつ真選組に気づかれてしまうかと、時間がないことなんて分かっている。それなのに、足がうごかない。決めたのに、いざこうなると、竦んでしまう。晋助に会いたいというきもちと、怖いという感情が混ざって、情けなくなった。

「優美、」
「………」
「帰ろう」



血のつながりなんて、ないけど。それでも十年近く いっしょに過ごしてきた。
わたしがどういうことばで動くのか、分かっている。晋助が待っているから、とか、晋助の名前を出せばきっと、逆にわたしの躊躇しているきもちは消えないこと、分かってるんだ。
勝手なことをしたわたしを叱ることもせず、おどろくほど穏やかな声でああ言ってくれた有り難さにまた泣いてしまった。ここまで連れてきてもらった、もう立ち止まれない。振り返れない。あのひとたちとのさよならを、惜しむことも当然できない。やさしいちからで手首を引っ張られるまま、万斉さんの斜めうしろを歩んだ。後ろから、ぽつりと呟くように言ったぎんちゃんの声がたしかにきこえた。

「またな、優美」





しばらく歩いても辺りは景色の変わらないまだまだ開けた道だったけど、車を用意していたようで、林の近くに止まっていたそれに乗りこんだ。運転席の浪士が車を走らせると同時に、万斉さんは足元の救急箱を取りだす。無言でわたしの顎や手首の擦り傷に手当てをしていく万斉さんが、腕のスカーフに目をやったのが、サングラス越しでもわかった。

「ここはいいの」
「……なにを言われるか分からないでござるよ」
「…いいの」

誰に、なにをというのは言われなくとも分かる。
こうしてみるとおおきな怪我はさほどしていなくて、みんなにどれだけ守ってもらっていたのか、ことば通り身に染みて感じた。まだすこしじくじくと痛む、硝子が刺さった腕も、そうごくんの処置のおかげで悪化はしなさそうだ。

「万斉様、着きました」

どれくらいこの乗り物にゆられてただろう。疲労感がどっと身体を蝕むのに、眠気はまったくやってこなかった。きょうのできごとがぐるぐるとあたまを回って、どうしてわたしは今、生きてここにいるんだろうとまで考えてしまっていた。
冷や汗がせなかを伝う。どくどくと鳴る自分の鼓動の音が聞こえたことなんてあったかな。

車を降り、反対側のわたしのほうまで回ってとびらを開けてくれた万斉さんに軽くお礼を言った。連れてこられたのは、川に浮かぶおおきな屋形船のなかだった。毎日を過ごしていた晋助の船のことを、ぼんやりおもいだしながら万斉さんのあとに続く。
鬼兵隊が貸し切っているのか、閉鎖的でひとの気配はしない。一室の前で立ち止まった万斉さんのせなかを見つめていると、わたしはまた現実味のない感覚に襲われた。気配がする。だれのものか分かる。会いたくて会いたくて焦がれたひとのもの。ゆめじゃないと分かっているのに、今わたしの身に起きていることじゃないような、へんな感覚。

「晋助、拙者だ。入ってもいいでござるか」

返事はなかった。けれどしばらくして、万斉さんは襖に手をかける。つよくもないのに、橙のあかりに一瞬目が眩みそうになった。
部屋の奥よりすこし手前で、いつもと変わらず窓枠に座り、景色を、空を眺めるそのすがた。
変わらない、変わってない、

「よォ」

ゆったりとした動作で、こちらにかおを向けた晋助と目が合った。ずん、と身体が重くなる感覚がした。

「晋助…」
「久しぶりだなァ、……優美」

なにを話すのか、これからどうなるのか、お互いどんな感情を抱いているのか。それはまだ分からなかった。冷や汗はとまらない。こわい。
それでも、また名前をよんでくれたことがこんなにもうれしい。晋助 とその名前を、晋助に向けて呼べたことも、たまらなくうれしかった。
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