そのかおを俺は知っている。ほしくてほしくてたまらないものだからこそ、ほしいと言えないツラ。なにかを護るために、内側の感情を必死で隠そうとしているツラ。俺は知っている よく知ってる。

初めて見かけたとき、そのがきはこれ以上のしあわせを知らねーってくらいのツラで笑っていた。編笠を被る、指名手配犯のとなりで。2度目にそいつを見かけたとき、あのしあわせなツラの面影はみじんもなかった。ひとりぼっちだった。
がきを騙して連れて行った屯所の前で、初めてその身体にふれた。折れてしまうのではないかとおもうほどのほそい腕と、まっしろな手。こんなにも頼りない存在が、何の訳があってあの危険な男と共にいたのだろう。








「ゲ、優美だ」
「ん、そーごくんだ」

縁側の通路をぶらついていると、そこに腰かけくつろぐ優美と鉢合わせた。どうせならおちょくってやろうと立ち止まり、ちかくの縁柱に身体をもたれさせる。座ったままのそいつに目線を落とすと、近藤さんか山崎あたりにでももらったのだろうか、傍らにはピノアイスの箱があり、優美の手には付属のピックがにぎられている。

「のんきでうらやましいぜてめーはよう。ひとが汗水流して日々職務に励んでるっつーのに」
「おめめのやつ着けてごろ寝してるおしごと姿しかみたことないけど」
「ああしてっと土方このやろーは勝手に血管ブチ切れてくれるからねィ。そうした挙句ヤツが過労死した末にあるのはへいわな世界だろ。俺がやってんのはいつだって地球の未来に貢献してる立派なおしごとでさァ」
「ふうん、だからひじかたいつも怒ってるんだ、…いた、いたいいたいぃ〜」

目を細めてわらう彼女のほおにふれてそのままひっぱった。乳クセェがきの表情。それでも、男にはないやわらかさと線のほそい身体が、おんなをおもわせる。育ったからだと、中身のアンバランスさは誰もが感じとったはずだ。優美はひとの言うことをすぐ信じる。公園で出会ってから屯所へ連れてくるまでは、なにも知らない箱入りっぷりだったくせに、ここで預かるようになってからだんだん、俺の言ったことには少々疑いのことばを返してくるようになった。気にくわねぇな。
むかつく笑顔をぶちこわしてやろうと、俺が痛めつけたほおをさすりながらくちを尖らせる優美をみて多少は満足感が得られた。

「そうごくんもたべる?ぴのっていうんだって、原田さんにもらったの」
「なにしてんだあのハゲ」
「おいしいよー、このアイス初めてたべた!ひとつの箱にいっぱい入ってるのってうれしいね」

はい、と差し出されたピックの先端にはチョコレートでコーティングされた台形のアイス。いーのかこれ。俗に言うあーん じゃねぇか。まあ、きっとこいつはなんにも考えてない。なんの意図もたくらみもないツラ。すこしでもたじろいだ自分がばかばかしくなった。こんなにもよごれを知らない表情を向けられれば、俺の性分じゃあそれをぐちゃぐちゃに歪ませたくなるはずなんだ。そのはずなのに、  らしくない自分を振り切るよう、そばにしゃがみ込んで優美のちいさな手を引きよせ、アイスをひとくちで食った。

「ん、ドーモ」
「おいしーでしょ?」
「そーだな、残りのやつも全部食ってやるから泣いて喚きやがれちび。そうすりゃもっとおいしく味わえるんでねィ」
「?ほしいの?」

はい、どうぞーとのんきに笑いながら俺のほうへ箱ごと差し出す優美。いじめがいがねーやつだなホント。笑ってえくぼのできたほおを突いた。今度は、ちからを入れずに。

「原田さんにね、今度真選組のしょくぎょうたいけん?しないかって言われた」
「冗談じゃねーやい。俺たちゃ土方さんの子守りでいっぱいいっぱいだっつーのにこれ以上めんどうなもん増やされちゃあ真選組はおわりでさァ」
「ひじかたは知らないけど!わたしもう子守りがいる歳じゃないもん!」
「土方さんに伝えときやす。優美が土方このやろーは手がかかって大変だって」
「言ってない言ってないやめてやめて」

やっとむきになってきた。やっぱおめーはこうでなくちゃ。

「ひじかたにおべんきょうみてもらえなくなっちゃう…」
「なにしてんだあのニコチン中毒まで」
「真選組のひとたちはやさしいね。いろんなこと教えてくれるし、おうたのいぬのおまわりさんみたい」

幕府のいぬと揶揄されることはあっても、そんなほのぼのする童謡で例えられることなんて今までなかった。みんな気になって仕方ねーんじゃねぇの。おめーみたいな箱入りっぷりを発揮しまくって、なんでもすなおに受けとめて、聞き入れて、さらにその存在が女ときちゃあ。そんでもって、いつまでもげんきのない姿を見ちゃほっとけねーだろ。うたのこねこみたく、こいつはただ泣いてばかりいるわけじゃないし、自分のなまえも、きっと帰るべきおうちも、分かっている。

「んな呑気なもんとは似ても似つかねーや。おめーみたくひまつぶしになりそうながきを騙眩かすのが俺たちおまわりの本業でィ」
「じゃあだました後にやさしくしてくれるのが、おまわりさんだね」

優美は座っている。俺は依然、立ったまま。ゆえに、優美がこっちを見上げてくりゃ必然的になる上目遣い。まんまるの目と、眉をさげた笑みが見上げてくる。そのかおを、表情を、俺は知っている。















「近藤さん、とっととこっちへ移ってくだせェ」

扉をぶちこわし、ようやっと血生臭い空気を追い出す。こんなにも劣悪な環境ではたらきまくったんだ。残業代どころかボーナス出しやがれ土方このやろーとこころの中で悪態をつく。

「そうごく、」
「おう優美、もう泣いてねーのかィ。つまんねーの」

ずいぶんと開放感に満ち溢れたパトカーのリアウィンドウ越しに、さきほどまで泣いていた彼女の姿がみえた。俺が聞きたかったのは、みたかったのは、列車を切り離したときのああいうおまえだったはずなんだ。ぐちゃぐちゃにかおを歪ませて、張り裂けそうな声で懇願する姿。そんなときおまえのきれーなツラは、どんなもんになるんだろうなって。けれども、閉じた扉のむこうにいる優美のかおは、予想に反して 到底満足感を得られるものじゃあなかったんだよなァ。だから、もうなみだが引っ込んだ今のツラをみて安心している自分がいることを認めようとおもった。優美のすなおさが伝染しちまったらしい。

「優美、その車そろそろやべーからこっちに移りなせぇ。そこにちょうど吊り橋あっから」
「だれが吊り橋だコラァァア!!!」

とはいいながらも、土方さんは優美の手前じゃ抵抗する気もないのか、車と列車に折り畳まれそうな身体を踏ん張ってるのがみえみえだ。このかっこつけたがり。だからこそ来るとおもってた。やっぱりヤツは気にくわねぇままだわ。

「ひじかただいじょうぶなの?」
「大丈夫大丈夫、なんなら三往復くらいしてこい。おめーひとりくらい訳ねェよ」
「ぐらぐらしてこわいからやだー!」
「こわいじゃねーよ断る理由は労りであってくれよ!!」

土方吊り橋を渡り、無事に俺のうでに受けとめられた優美があはは、と声をあげる。こんな状況でわらえるなんざこいつサディスティックの素質あるんじゃねーの。出会ってから今まで抱えていたものは吹っ切ったのか、ただただ きれいなツラで笑うもんだから身体の中心がどくんと鳴った気がした。やっとわらった。もうあのかおは、どこにもない。

「ね、そーごくん」
「あ?」
「、 わたしね」
「なんでィ」
「わたし、みんなにうそついてた」
「…そーかよ」
「なんのうそかは、今はまだ言えない」
「ふーん」
「…ごめんなさい」
「優美」

俺を見上げる、こいつのツラ。ふたりでアイスを食ったときとおなじ上目遣い。やっと汚しがいのある表情になったってのに、俺は優美になにもできそうにない。

「俺もおまえにうそついてた」
「えっ」
「それもふたつ」
「そう、なんだ…」
「だから俺のほうが悪モンだし、お前が罪悪感なんて無意味に感じる必要もねーよ」
「そんなこと、っない、総悟くんわたしね、わたし」
「ああ〜ピーピー泣くんじゃねェやい」

泣き顔なんて大好物なはずなのに、こいつのそれはどうにも調子がくるう。

「仕方ねーからお詫びに本当のことおしえてやるよ。ただしいっこだけ、それでおあいこだ」

そのかおを俺は知っている。ほしくてほしくてたまらないものだからこそ、ほしいと言えないツラ。内にこめている感情を、なにかを守るため必死で隠そうとするツラ。俺は知っている よく知ってる。いやというほど。だからだろうか、あの日 ひとりブランコを漕いでいたこいつを放っておけなかったのは。知っていた おまえがついていた大事なもん護るためのうそに、気づいてないフリをしてた。これがひとつめのうそ。

「おまわりさんはな、おめーみたいな迷子のこねこをウチに帰してやんのがおしごとなんでさァ」

優美がぽかんと固まり、かおをくしゃりとさせてわらう。その拍子に、目尻からひとすじなみだがこぼれ落ちたのを、ああ きれいだなァとおもった。あのときも、姉上のときも、俺が本当にみたかったのはこういうツラだったんだ。俺はいやというほどよく知ってる。だれかを想う、その おんなのツラを。
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