なんとなく、優美と、彼女の話す兄貴というやつは血がつながっていないんじゃねーのかと、そんな気がしていた。

山積みだった書類がおおかた片付き、なまった身体を動かそうと屯所のろうかを歩くと、開け放たれた襖の一室がみえた。ひょんなことからしばらくあずかることになった、なまえと少ない素性しか知らない女、というか少女の部屋。なにも出来ないこどもかといえばそうでもないのだが、おとなというにはまだ幼い。いちばん扱いや接し方にこまるやっかいな年頃の異性。そうおもっていた。
質のいい着物を身につけていたので、それなりの家柄なんだろうとは想像できたが、寺子屋やがっこうに通った経歴はないのか、いつもなぜか漢字だけをべんきょうしていた。そして近藤さんが買ってきた絵本を読んでいた。飛び出してきたという家でもずっとそんな生活をしていたのか、優美は年齢の割にかなりの世間知らずであったし、あたまにある知識がだいぶ極端だった。

年頃の娘だというのに部屋を開け放しているのは如何なものか、いやまあきょうは気温もちょうどいいしこれくらい俺の考え過ぎなのか、と思考をめぐらせながら、やっぱりがきとはいえ女の部屋であるから遠慮がちにそっと中をのぞくと、畳に横たわっている優美のすがたが目に入った。とたん、背筋にぞくりとしたものが走った。

「…おい、」

優美の目があまりにもふかい、底のないくろをしていたから。どこを、なにをみているのだろう。急に蘇るじぶんのきおく。優美よりもまだずっとずっと幼かったころの、じぶんをみるたくさんの目。地に転がった、まるい目。赤い景色がフラッシュバックし、たまらなくなって声をかけると、優美はぱちくりとまばたきをして、すこしあたまを動かし俺のいるほうをむいた。

「あれ、ひじかた」

どうしたのー、と言いながら優美が横になっていた身体をむくりと起こし、ふにゃりと締まりのないえがおを向ける。身体のうごきに合わせて、くせのないまっすぐな黒髪がさらりと肩から流れおちるその動作が、なんだか妙に色っぽく、あどけない表情とのアンバランスを感じた。いつもの彼女だと、ひそかに胸をなでおろす。

女子供になつかれる柄じゃねーし、初っ端はお互いに警戒をしてきらいとも言い合ったが、このあいだ何の気なしにすこし漢字を教えてやったら、目をきらきらさせながら「ひじかたはものしりなんだねー!もっといっぱい教えて!」なんていうものだから面食らった。世間一般でいうと、もう立派に自我がある年頃にしちゃあすなおすぎてどう扱えばいいのか結局困ることになった。

「なんでもねぇよ、通りがかっただけだ」

けれど、向けられるきらきらした眼差しや分からないことばをすなおに教えてと聞いてくる姿勢は、今までにみたことないタイプだったが捻くれ者よりは何倍も接しやすかった。ひじかた、という呼びかたについてはいつまでも変わらないが、それについてはもう諦めというかこっちがおとなの対応をしてやろうとおもっただけだ。べつにその舌ったらずなひびきがちょっと甘ったるくてクセになってるとかそんなんじゃねーから。

「おなかすいたねー」
「そうだなァ、入ってもいいか」
「うん」

部屋にはなぜか大量の紙が散らばっていた。それをふまないよう足を進め、てきとうに一枚を手にとってみるとそこには花が描かれていた。

「どうしたこれ」
「んー?」
「って…これも、これも全部おなじ絵じゃねぇか」
「うん、えんぴつで描いたの。あそこのお花」

縁側のむこうにある庭をゆびさして優美がいう。その方向に目を向けると、俺たちならきっと気にも留めないだろう花が咲いていた。ちいさな、白いはなびらを咲かせているそれの名前すらしらない。

「このまえ庭師さんが抜いちゃおうとしてたけど、かわいそうだから残してっておねがいしたの」
「おまえ真選組のこと手中におさめようとしてる?」
「しゅちゅう?」

すぐさまえんぴつを握って、ひらがなではあるが今のことばをそのへんの紙に書き起こす優美をみて気が抜けた。最初はこいつが攘夷浪士の仲間かと疑われてここに来たってのにこのざまだ。

「めずらしいな、描いたもんなんざはじめてみたぜ」
「ひさしぶりに地面に咲いてるお花をみたの、すごくきれいだから描きたくなって」

こいつはたまに、ふとその表情に陰をおとす瞬間があった。それはきまって、ひとりで庭をぼうっと見つめていたり、俺に兄貴だという人間のことを話しているとき。優美のことばに、どうにも胸のあたりがじくじくとした。こんなきもち柄じゃない。こいつのいままでの生活環境なんてまったく知らないし、聞くことも野暮だとおもっていた。聞くもなにもこいつは、愛されて、大事に大事に育てられてきたことに違いねぇから。そうでなければこんな純粋な女に成るものか。そして、こいつを大事にしてきた人物はきっと、喧嘩をしてきたと話した兄貴だというやつに違いねェから。しあわせそうに、どこか悲しげにそいつの話をする優美をみて、ふかいことなど何も聞けなかった。

「今度花の図鑑でも買ってやろうか」
「ほんとう?やったぁ」

優美がわらう。けれどもその表情は、やはりどこかさびしげだった。どうしたらそれを拭えるのだろう、とおもった。無駄な線のないきれいな花の絵は、まるで優美のこころをそのままにしたようだ。もっと、もっと見てみたいと、そうおもって新しい図鑑を買い与える約束までした。こいつといると、感情も行動も自分の柄じゃないことばかりだ。

「そしたらお礼にお花描くね、ひじかたと、みんなにもいっぱい」




















「てめーはてめーらしく生きてりゃいいんだ」

バカなくせにむずかしいことを考える大将と、すなおなのにも関わらず中々決心ができない彼女へ伝える。俺がいない間になにがあったのかは分からないが、こいつもどこか吹っ切れたようだった。笑ったかおには、もう陰も迷いもなかった。

「あんたは真選組の魂だ」

俺たちはそれを護る剣なんだよ。いつもの豪快さはなく、俺たちを連れてここから逃げてくれと頼んでいた近藤さんはしずかに涙をこぼしていた。優美のあごのちかくにできた切り傷にふれながら、たのむからきれいに治ってくれと願った。

「だれの許可もらって優美にさわってやがるてめーこんなときだけかっこつけやがって。優美、こいつまだヘタレオタクっぽいから離れたほうがいいあぶねーから。優美みたいなタイプはオタクのモロだから」
「おたく?もろ?」
「うるせーよ!余計なことばを漏らすんじゃねェ!!興味もっちまうだろうが!!」
「どいつもこいつも過保護だなオイ。優美、マジであぶねーからこっち来い」

もうこれ以上傷がついてほしくない。万事屋もおなじ考えだったようだがあぶねーというのはけがをするかもしれないこの状況に対してのことなのか、俺のことなのか。優美の細っこいうでをとって車内へ入るよう促す万事屋に、不服になりながらも後部座席へ再びもどる。ちいさな身体を足下にしゃがませれば優美がきょんとんとこちらを見上げた。そのあたまに、手を添えてくちを開く。

「もうだいじょうぶだな、オメェのほうはよ」
「、うん」
「あとは俺か」
「けんかするの?」
「まァ、そんなところだ」

そんなかわいいもんじゃねーが。優美のせかいはまだそれでいい。いや、ずっとそれでいい。おまえはこんな汚れたものをみることなんざ一生なくていいさ。大丈夫なんだな。決めたんだな、仲直りするって。

「いとうさんと?」
「 あァ」
「そっか、」
「下手すりゃおめぇが見るに耐えれねーことも出てくるだろうよ」
「へいき」

もう迷うこともないのか、間を空けることなく優美が答える。

「いとうさんもだいじょうぶになるの、見てる」

どこまでもひとを信じている無垢さにめまいまでしちまった。熱くなる目頭をごまかすように、苦笑して、後ろをむいた。こちらに向かってくるヤツの姿がみえる。

「ひじかた」
「なんだよ」
「また会ってくれる?」

なんとなく、優美と、優美の話す兄貴というやつは血がつながっていないんじゃねーのかと、そんな気がしてた。話をきけば感じとれる。おまえらの間にある感情は、兄妹のそれじゃないことを。俺が、兄を追いかけたときのものとはちがうことを。

「あたりめぇだろうが。描いてくれんだろ、花」

俺とはちがう。おまえはまっすぐだから。俺みたく、てめーの居場所から逃げねーで、もう一度やってみようとひとりで決心できるくらいつよいんだ。なんでも叶えられるさ。だから、大丈夫だ。
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