あのときも、胸がざわざわとうるさい、いやな感覚がしていた。やけに騒ぐしんぞうの音を感じながら、門をくぐるぎりぎりまで晋助を縋るように引き留め、そのかおを見て、いかないで いっちゃやだ、とカラカラになった喉から声を絞り出してわがままを言った。晋助は、理由もはっきり出来ずにただ泣き喚くわたしを突き放すこともなく、辛抱強くあやして、だきしめて、「待っていてくれ」とちからづよくそう告げた。それでもそのかおが、どこか危うげで、でも頷くことしかできなくて、わたしはせっかく晋助が拭ってくれた涙の上にまた涙をぼろぼろ零しながら、ゆびきりをして、一度も振り返らない後ろ姿を見送った。それから、身が引き裂かれるおもいでひとりぼっちの夜を繰り返し、ひとつの季節がおわりを告げるころ、晋助はやっと帰ってきてくれた。もう二度と、わたしを、せかいを写すことはできなくなった、左目となって。












優美ちゃんが泣いてる。どんな表現をしたらいいのか分からないほどの、胸が締め付けられる悲痛な声でないている。うずくまる彼女をなんとか慰めてやりたいが、生憎俺もなみだで視界がぐしゃぐしゃだ。俺のジャケットを掴んだまま離さない優美ちゃんの手は、とてもきれいで、ちいさかった。こんなにもきれいな手をした女の子を、こんな場所へ来させてしまったことにただただ悔いてしまう。

「しなないで、だれも、っ、しなないで。やだよ、けがしちゃうのは なくなっちゃうのも、いなくなっちゃうのも、もう…いやだ、」
「優美ちゃん」

嗚咽にまじって、途切れ途切れにこぼれ出されることばたちに、どうしようもなく切なさがこみあげる。意識のままならない状態でこぼすうわごとのようにも聞こえるそのひとつひとつは、総悟や、伊東先生を通り越して、どこかとおくの誰かに伝えているような気がした。

「みんな戦ってる」
「 う、う、っ」
「俺みてェな情けない大将のために命懸けてる」

俺の声に、しゃくり上げていた声が徐々にちいさくなり、肩を小刻みに上下させながら、優美ちゃんはぺたんと座り込んだ体勢のままかおだけをこちらに向けた。みたことがないほどの赤い両目が痛々しかった。

「こんな状況にして、あんな仕打ちまでしたんだ、トシは許しちゃくれんだろうな」
「…謝ればだいじょぶだよ」
「でも、そんな理由も自信もみつからないんだ」
「かぞくでしょ、みんな」

あごに溜まったなみだを、袖でぬぐいながら優美ちゃんは言った。しずかな声だった。けれども そのことばは、ガタガタと鉄の塊が鳴り続ける列車の中に、波紋を落としかのようにじんわりとひびいた。


彼女はどこか、かぞくという言葉に執着しているようにおもえた。優美ちゃんが聞かせてくれた、名前もかおも知らない、彼女のかぞくのはなしをおもいだす。おみやげにたくさんのお菓子を買ってきてくれるおにいさん いつの間にかねむってしまうまで、かくれんぼに付き合ってくれるおねいさん たくさんのうたを教えてもらうのだというおにいさん。優美ちゃんをこんな目に合わせたことを、決して許しはしないであろう、彼女がとてもたいせつにおもっている、だいすきだという、ひとのこと。


目をこする優美ちゃんの頭を撫でたら、また視界が揺らいだ。出会ったときよりも長くなった前髪を見て、こんな状況でありながらも、すこしおとなっぽくなったなぁと、こどもの成長は早いなあと彼女をみておもった。この世は綺麗事だけではやっていけないのだとトシは言った。それでも、いちばんたいせつなことは、いちばんたいせつにしなくてはいけないものは、いつだってシンプルで、純粋なものだ。おとなになるにつれて、当たり前のことから目をそらし続け終いには忘れてさえいた。けれど、それを思い出させてくれたのは、ひょんなことから縁をもらった、ちいさな女の子だった。

「優美ちゃん」
「近藤さん、」
「俺の話聞いてくれるか」
「や、あの、ちょっとあれ見てこんどーさん」
「優美ちゃん、俺はよォ」
「ねぇあれもしかして」
「この戦いで、」
「そうごくんがもってた、えーと、土管?」
「……へ?」

なべの中にでも入ってるのかと勘違いしそうな熱さと、みみが痛くなるほどの騒音と、浮遊感。とっさの判断で優美ちゃんを抱きかかえ反対に飛んでも、バズーカによって生み出されたおおきな爆風には敵わず、俺たちは重力に逆らった動きで床に叩きつけられた。

「人生でこんなに爆発に見舞われるなんてついてないわこれ」
「わたしも、」

かばったつもりが、彼女のからだを押し潰すかたちになっていて、優美ちゃんの細いからだじゃ耐えられないだろうと思い、すぐに退けようと半身を起こすが、やわらかいちからで遮られてしまった。
優美ちゃんが俺の胸ぐらを掴んで、ふたつの丸っこい目玉が俺をまっすぐ射抜く。

「近藤さん、しぬことは、護ることにはならないからね」
「…はは」
「生きてよ」
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