絵本でしか目にしたことのない、架空のものだった列車は、みぎにひだりにゆれる。それでも身体は安定している居心地のよさは、お船をおもいだした。これから、晋助に会えるんだなぁ とぼんやり考えた。なんだかあまり実感が湧かないのは、地に足をつけたのりものに、まだ乗っているせいかもしれない。わたしの席の向かいには伊東さん、となりにはこんどーさんが座っている。総悟くんはいない。山崎さんは、駅にすがたさえ表さなかった。武州に行ける隊士さんは、限られているのだろうか。わたしはどこか違和感を感じる雰囲気に萎縮しながら、伊東さんに声をかけた。

「そうごくんは?」
「となりの車両にいるはずだよ」
「…?」

どうして、いっしょにいないのだろう。わざわざべつの車両に身を置く理由がわからなかった。わからない、こんなことをどうして考えてしまうのかもわからなかった。通路を挟んだとなりの席の隊士さんをちらりとみやる。その横顔に心臓がどくんとした。このひと、誰だろう。いつもわたしに、優美ちゃん、とやさしく声をかけてくれたり、副長にはないしょだよ、とこっそりお菓子をくれた隊士さんたちは、どこにもいなかった。どうにも不安になってしまい、わたしはそうごくんに会いたくなった。

「わたし、そうごくんのとなりがいい」
「優美ちゃん?」

こんどーさんの声が背中に届く。呼びかけには答えず車両をすすみ、ドアを開けると、むかいのドアの小窓にそうごくんのかおが見えた。ほっと胸を撫で下ろし、わたしは車両を繋ぐおおきな部品をぴょんと飛び越え、ドアを開けた。

「どうしたィ」
「……わかんない」

どうすればいいのか。わたしは、晋助に会いにいく。それで、もし。いつもの居場所に帰れるとしたら、真選組のみんなとお別れをすることになる。それは当たり前のことだ。本来、わたしがここにいること自体おかしいのだ。それなのに、このようなやり方でよかったのか。でも、どうすればいいの。お腹がきりきりする。緊張と、またみんなを騙してしまう罪悪感。きっとかおの青いわたしに、そうごくんは親指でそばの座先を指した。

「そっちの車両、息苦しかったか?」
「え、あ」
「ここで休んでろィ」
「なんか…、いつもと違った」

そうごくんは薄ら笑いをうかべた。ぞくりとした。わたしのあたまにぽん、と手を置くと、あんまり遠くにいったらだめですぜと言った。ことばの意味はわからない。見透かされているのか、列車のなかでのことか。そうごくんはわたしが座席に腰を落としたのを見届けると、わたしがいままでいた車両のほうに進んでいった。

「どこいくの?」
「そこにいろ、優美は」

そうごくんがむこうに行ってしまい、ドアが閉まると、そうごくんの声も風が吹き荒れる音もすべてなくなって、さみしいくらい静かになった。ガタンゴトンとわたしたちを運ぶ音は、回転しっぱなしの頭を停止させるくらいうるさかった。周りの景色がどんどん過ぎてゆき、建物ばかりだったそこはいつのまにか木々が連なっていた。

「会いたいよ、ひじかた」

届くわけのないひとりごとをこぼしながら、わたしは席を立った。どうせなら、ひとりじめできるこの広い空間を探検しよう。晋助のお船のときだって、似たようなことをしたことがある。きぶんを変えたくてわたしは来たほうとは反対のドアにむかい、足を踏み入れた。瞬間、煙のにおいがした。

焦げ臭いなと脳みそが理解したころには、床に倒れていた。それからしばらくして、耳にとどいていたおおきな音にあたまがぐわんぐわんと回る。吐きそうなきぶんを抑えながら、息苦しさに耐えた。燃え上がるシート、景色を映さない窓、散らばるガラス。ぼんやりあたりを見回して、爆発したのだとおもった。二の腕から血がだらだらと流れている。痛いのか熱いのかわからなかったけど、刺さっている大きなガラスは抜いたほうがいいと判断し、引っ張ってみた。むこうの炎を見上げたら、腰が抜けてちからが入らなくなってしまった。きおくの端に追いやった、むかしを、思い出させる。あのときみんなは、こんな景色をいつも目にしていたなんて。

「、しんすけ…」

たすけて、たすけて晋助。のどがつらい。呼吸ができない。こぼれ出てくる涙を拭いながら、ぎゅうっと目を閉じた。

「ちょっと息止めろィ」

スカーフをわたしのくちに押し当て、肩にかかったぬくもりにかおをあげると、そこにはそうごくん。わたしをじぶんの上着でくるみ、そのまま抱き上げ火の海に飛び込もうとするので、慌てて止めようと声をしぼると、咳しか出なかった。わたしを抱えたまま走り出して止まったのは車両の外だった。

「近藤さん、優美確保」
「優美ちゃんっ!」

こんどーさんが泣きながらわたしの手を包む。ひどい有様になってしまったらしい。しきりにごめんね、ごめんね、と繰り返す。

「どうして」
「え?」
「わたし みんなの仲間じゃないのに」
「優美ちゃん」
「わたしは、」
「守るよ、俺は」
「こんどーさん、わたしね」
「先生の家族は、おれたちの家族なんだよ。優美ちゃん」

こんどーさんは、今までにみたことないくらい、力強いかおつきで、そのことばをうそつきのわたしにくれた。けがをした腕の痛みも忘れてしまうくらい、胸がぎゅっとしめつけられて、わたしは声をあげて泣いた。
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