ひじかたがいなくなった。勘の鈍いわたしでも、ちょっと考えたら、この間のさわぎがあってから姿を見なくなったタイミングに気づくことができた。あんまりここのことに首をつっこむのは、いけないことだとおもっていた。なのに、あれから近藤さんがわたしによく構うようになったから、くちを開きかけては、おもいとどまる日々が続いていた。

「いやァ椿がたくさん落ちたね」
「そうだね、赤いの たくさん」
「今年は早咲きだったなぁ」
「はやざき?」
「はやく咲いたってことだよ」
「うれしい?」
「そうだね、優美ちゃんに見せることができたから」
「うん きれい」
「ハハ、それはよかった」

きれい。地面に舞った赤い花が、ひとつひとつ宝石みたい。椿は、花びらを散らせない。きれいなまましたへ落ちてゆく。

「きれいなまま死んじゃうのって、なんだかこわいな」
「こわい?」
「もったいないっていうか…しぬって、いたいいたいしてるイメージだから」
「そうか、確かにそうかもしれん」
「きれいなまま死んじゃっても、死んだって受けとめられない。だからこわいよ」

わたしは、死を間近でみたことが1度だけある。そのいちどがわたしにとって、とてもおおきいもので、深いものだ。そのいちどを、超える出来事はそうそうないだろう。そして、晋助は、そういうものからわたしを護っていたのだとおもう。幾度となく戦争に繰り出していたみんなをおもいだした。戻ってきた戦士たちの血の生臭さにくらりとしたり、包帯の白さを目にしても、それでもわたしは戦争のさなか、晋助が左目を失うまでは、こわいという感情を持ち得てなかった。いまでもそのときの感覚はそのまま、わたしに染みついて消えない。震えと、絶望感。じぶんのいのちが消えることより、ひどく恐怖したあの日のこと。

「優美ちゃん?」
「あのね、」
「うん?」
「おにいちゃんがいっかいだけ、死にそうってくらい、怪我したことがあったの」
「そうか、お兄さんが」
「わたしのなかで、死ぬっていうのは、なくなることで、いたいことで、こわいの」
「あながち間違っていないかもしれないなァ、でもね」
「でも?」
「きれいな最期だってあるものだよ、やっぱり」
「ほんとうに?」
「ほんとうだよ、優美ちゃんがおおきくなるにつれて、目にすることもあるやもしれん」
「ええ…こわいなぁ」
「そうだね、どんな形であれ、やっぱり死にふれるのはおれも嫌だ」
「おとなでも?」
「そうだよ」
「男のひとでも?」
「ウン、情けないけど」
「そんなことないよ、だって、ひとだもの。近藤さんは」
「 優美ちゃん」
「ひとだから、こわいってきもちはおかしくないよ」

獣だと影で謂われていた晋助の背中をおもいだす。窓際で煙菅を吹かし月をまっすぐみつめていた、あの背中を。かなしいのか、切ないのか、さびしいのか。わたしはさびしかった。晋助がどんなきもちなのか、わからないことが。ただ、そばにいなければ、とはおもっていた。そうおもうくらいの、危うさがいつもあった。晋助がたまに、いてくれ と言ってくれるのが、わたしはたまらなくうれしかった。

「優美ちゃんはすごいなァ」
「どうして?」
「おれは優美ちゃんに救われたよ。きっと、トシも総悟も」
「わたし、お話しかしてあげたことないよ?」
「優美ちゃん、ありがとう」

わたしの問いに、お礼しかくれなかった近藤さんは肩を震わせていた。そんな姿をみて、わたしはなにも言えなくて、くちを噤んだ。きゅ、と両手を握りしめて、ほんのすこし、勇気をだしてその名をふたたびくちにした。

「ひじかたとね、山茶花をみたの」
「それはまた、たのしかったかい?」
「うん。漢字もみてもらったの」
「おお、さすがフォローのうまいトシなだけあるなァ」
「わたし、ひじかたがすきだよ」

近藤さんが、にかっと、でっかく笑った。

「おんなじだね、こんどーさんもだよ」
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