ぼろぼろと涙を流してなくわたしの手を、山崎さんがそっと、やさしく引いてくれた。反対の手には落とさなかったほうのやきいも。そのまま、屯所へむかう道を進んだ。山崎さんはなにも言わなかった。ほんのすこし、わたしの前をただゆったりと歩いていた。すすり泣く声を押し殺し、わたしも手を引かれるがままに歩いた。


ようやく屯所の門前につくと、山崎さんはぴくりとからだを震わせて立ち止まった。だいぶ泣き止んだわたしは俯いていたかおをあげた。怪訝なかおつきの山崎さんにわたしも首を傾げる。そういえば、なんだか中が騒がしい。なんとなく、ここまで届いてくる声音と山崎さんの表情に、いつものようなどんちゃん騒ぎではないと確信した。どうしたんだろう。

「優美ちゃん」

「うん」

「ごめんね、伊東さんにあとで向かうよう言っておくから、部屋にもどってて」

「うん、わかった…」

山崎さんにあたまをぽんぽんとなでられ、わたしはふらふらと庭から縁側に上がり、用意された自室へと進んだ。山崎さんは慌ただしくたくさんの声が混じり合うほうへ走っていった。そちらのほうも気になったけど、わたしにはあまり余裕がなかった。やきいもの香りだけがやさしかった。

「しんすけ」

ひさしぶりに、くちにした名前。だいすきな名前、いとおしい名前。きっと、愛ってしんすけって読むんだ、なんて。ばかなあたまで考えたこともある。愛がどんなかたちを成しているのか、わからないから、だから晋助だとおもった。だからわたしは、苦しまなかったのだ、しあわせ だったのだ。晋助には、その正体が分かっているのか、前にはなしたとき答えを教えてはくれなかった。それを知らないから、ひとは苦しむのだと、そうとしか言わなかった。でも、わたしがそばにいるうちは、苦しまないと。わたしは晋助より先に死ねない。死にたくない、ずっと一緒にいたい。それなのに、わたしはここでなにをしているの。晋助はちゃんと、あのとき言ってくれたのに。一緒にいたいとなんどもお願いしたその答えじゃなく、わたしに、そばにいてほしいと。気づくまでこんなに、時間がかかってしまうなんて。やきいもを一瞥してまた、涙がじわりと浮かぶ。背中を丸めて俯せになり、かおを隠してまた泣いた。我慢できそうにない声を周りに届かせたくなかった。

「優美ちゃん」

部屋のふすまを控えめに叩く音と、ひさびさの声がきこえる。伊東さん。入ってもいいかい、という問いかけにわたしは鼻をすすって、くぐもった声ではい、と答えた。すばやく涙を袖でふく。できればかおを洗いにいって、泣いてたことも隠しておきたかった。

「大丈夫かい」

「…はい」

「大丈夫かい」

「…?」

「もう、帰っても」

帰る。わたしの、帰る場所。いままでの日常に呆けて慣れすぎていたのかもしれない。だから、その場所を思い浮かべて、心臓がどくどくと高鳴り、冷や汗がたらりとこめかみを伝った。同時に、懐かしくもおもった。月を跨いだりはしていないけれど、あの場所から、晋助からこんなに離れた時間を過ごしたのは初めてだ。帰ったあとのことも考える。すると、震えが止まらなくなってしまった。

「晋助、は」

「うん」

「どうしてるの」

「僕がそれを伝えてもいいのかな?」

「 …やっぱり、いい」

「そうか」

「帰れる」

「うん」

「帰りたい」

「よし」

あとのことは、そのとき考えよう。 わたしと晋助は、悲しいかなちがう人間だ。そうだ。わたしと晋助のすきだって、ちがうこともあり得る。仕方ない。でもほんとうに、それはとてもかなしいことだ。

「僕に任せて」

そう言った伊東さんは、わたしに切符を一枚渡した。近々、真選組で武州に赴くことが決定したらしい。そこに万斉さんがお仕事の用で来てくれるそうだ。

「そのあとは、きっと大丈夫だ」

「大丈夫?」

どういうことだろう。どんな意味の大丈夫なの。晋助と会えるよ、ということか。わたしのあたまではそう汲み取ったのだが、なんとなく、それは、せいかい ではないないような気がした。伊東さんは、意外と表情がかおに出る。押し殺したようなものが、読みとりにくいけど、うっすらと。わたしはすこしだけ、違和感を感じてしまった。伊東さんは言った。

「きみのことは、僕も、みんなも守るよ」
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