わたしのすきなもの。晋助と豆腐の形をしたふわふわのお人形、それとお芋の3つ。きらいなものはしいたけと痛いのと独りぼっち。
「里芋ー!」
「うるせぇ」
「わーい!いただきまあす」
きょうの朝だされたお膳の器には煮物、だいすきな里芋が。きっと一日しあわせになるに違いない。ほかの皿には目もくれずさっそくまるいそれをひとつ、お箸で掴み口のなかにほうり込む。すこし粘り気があってやわらかくとろける田舎の味。もぐもぐと元気よくうごくわたしの口と比べて、晋助はしずかに箸をもつ。いつもおもうけど持ちかたが上品だ。
「しんすけー」
「なんだ」
「里芋としいたけ交換しよう」
「食い物の好き嫌いは許さねぇ」
「………」
にんじんは食べられるようになった。煮物の素朴な味をした汁が染み渡ってにんじんのあまいような、にがいような、よくわからない味を覆ってくれているから。あとに知ったことだけどこれは晋助が頼んで、というか命令してにんじんにこういう味付けを施すようになったのだ。ぱくぱくと克服したにんじんを口にするわたしをみて、料理人たちが陰ながら胸をなでおろしていたことなどしらなかった。だけどしいたけはだめなんだ。これだけはもうむり。にょきっと里芋の隙間からかおをだすしいたけさんはこわい。
「うええしんすけえええ」
「優美、よかったら私が食べてあげるっスよ」
「またこおねーちゃん!ありがとう!」
「甘やかすな」
晋助にぴしゃりといわれたまたこお姉ちゃんはためらいがちなかおをそのままに、にがわらい。万斉さんと武市さんは湯気のたつお味噌汁をすする。しずかな空気にその音がちらついて、わたしもお味噌汁のなかをのぞきこんだ。しろい豆腐がたくさん。豆腐のお人形をおもいだした。
「…しいたけのどこがおいしいのかわからない」
「大人になったら分かる」
「大人じゃないからわからないんだ」
「はっ、そうだなァ」
前もこんな会話をした。確かにんじんのとき。にんじんもしいたけも、おいしさは大人にならないとわからないらしい。わたしはまだお姉さんだからわからないんだ。
「…いっこだけ食べるから」
「………」
「しんすけ」
ねえねえと胡座をかいたひざをゆすって促す。
「…ちゃんと一個食え、おら」
いちばんちいさく切られたしいたけをお箸で挟み、晋助が差しだす。笑みがこぼれた。だいすき、しんすけ。
「えへへ、あーん」
晋助が食べさせてくれたからちゃんと飲みこむんだ。極力くちを動かさず、味わわないようにかんで早急におなかへ流しこむ。なんだかかわいそうにおもえてしいたけにこんな食べかたでごめんなさい、と謝った。ら、晋助が吹きだした。またこお姉ちゃんも万斉さんも武市さんも。みんなが笑ったからとりあえずわたしも笑った。
「くくっ、優美」
「はい?」
「交換な」
里芋がのこった器と、わたしのしいたけだらけの器を取りかえっこする。よくみれば里芋は全部おおきい。
「ありがとう」
にっこり笑って、それを頬張る。どうしてだろう。さっきのよりとってもとってもおいしい。
「あ、そういえばね」
「なんだ」
「きょうしあわせな夢みた」
「ほぉ?どんな」
「んっとね、えっと……」
あれ、なんだったっけ。さっきまで覚えていた気がするのに。夢ってよく意識したらどこかに飛んでいってしまう。
「わすれちゃった」
「しあわせなもんだと覚えてるならいいじゃねぇか」
「んーそっかあ。あ、確かなまえ呼ばれた。優美って」
「…そうか」
箸を動かす晋助はなぜかごきげんだ。口元がかすかに笑っている。きょうの煮物はほんとうにおいしかった。