わたしはなにをみて生きてきたのか。あらためてかんがえてみると、答えはちゃんとあった。晋助だった。それからきれいなものだった。きれいなものを、晋助がたくさんたくさんわたしにおしえてくれた。雪はただ手足をつめたくするだけじゃあなくて、空からのおくりものだって。お花や森の木々たちをもっときれいにかざってくれること。おつきさまは、まっくらな夜のなか、ひとりぼっちじゃあないよって。泣いてるだれかに、そうおしえるため光るってこと。春に色づく植物たちの香りや、暑い暑い日に泳いだ、河のつめたさ。あったかい色の紅葉をながめたり、さむい一日はみんなと囲炉裏をかこんで。ぜんぶ晋助がおしえてくれた。たのしかった。しあわせだった。いつだってとなりにいてくれた。しんすけおにいちゃんが、晋助が、ずっと。


「さざんか」

「あ?」

「さざんか、あれさざんかでしょ」

「おー、よくわかったな」

庭に咲いている赤いさざんかたちをゆびさした。ひじかたがマヨネーズの形をしたライターの火を、つけたり消したりする。たばこが吸いたいらしい。そういえば晋助も、きせるをあんまりわたしのまえでは吸ってくれなかったなあ。晋助のきものにしみついた、あのほろ苦い香りがすきだった。お花や、たべもののいいにおいとはちがう、おちつく香りだった。

「椿って花しってるか」

「ぼとって落ちる花でしょ」

「おう、あれとよく似てるだろ。よくまちがわなかったな」

晋助がおしえてくれたもん。さざんかは椿よりも花びらがぱあっとにこにこ顔で開いて、いい香りもする。秋になるたび晋助とふたりそのふたつを見比べた。ほかにもたくさんおしえてもらった。すすき、かえで、銀杏、金木犀。漢字はよく、春や秋の花たちからべんきょうした。たくさんの自然にかこまれて、みんなとすごしたわたしのたからものは、ぼうっとほのかに、記憶をこがす。

「わたしだって、それくらいわかるもん」

「そうか」

「わたしのおうちはね、周りが山にかこまれてるんだ」

「のどかでいいじゃねえか」

「庭を見渡すとむこうもぜんぶ山でね、畑もたんぼもあるんだよ。夏には、おたまじゃくしがおよいでるの」

音も、香りも色も、あの頃かんじたものがすべて恋しい。戦争がおわってからは、とおい場所から見下ろすことしかできなかった。それでもよかったけれど、いざすこし、こうした思い出にふれるとやっぱりなつかしくなってしまう。

「帰りてえか」

ひじかたは知らない。わたしが話したおうちだったものは、もうきっとなくなっていて、いまのおうちは空を浮いてること。

「…わかんない」

帰るなら、帰れるのなら。どこだなんて拘らない、望まないから、晋助がいるところの、おうちがいい。でもまだ、まだだめな気がする。
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