障子を開け放していると、なまあたたかい風がお邪魔して髪をゆらす。さそわれるように視線をうつして、庭の木々をみつめた。さわさわ、さわさわゆれている葉っぱたちの大合唱が、ふねではきくことのできない緑のおとをとどける。そして視界をさえぎったのは、足音とともにやってきた真選組の副長でした。いいきぶんだったのに。
「なにかめずらしいのか」
「ひじかた」
「さんはどうした」
「ひじかたはひじかただもん」
「目上の人間は敬えつってならわなかったのか」
「めうえってなに、うやまうってなにー」
「なんかむかつくんですけど」
眉間のしわがふかくなってゆくひじかたから目をそらし、つくえのうえにひろげた漢字のどりるに向き直った。これも近藤さんにかってもらった。どすどすと、廊下からきこえていた足音がこんどは部屋にひびく。なんだよもう。
「勉強か」
「うん、漢字」
「なんだかんだで勤勉だよなあ、おまえ」
近藤さんとおんなじことばをわたしに与えて、ぐりぐり、あたまをなでるひじかたにくちびるをとがらせた。近藤さんにされるとぽかぽかするこれは、ひじかただと、こう、ちょっとてれくさい。このちがいは一体なんだろうか。なぞを振りはらってさいごの2、3問の解答をえんぴつでうめていった。
「おわったあ」
「おつかれ」
「ひじかた丸つけして!」
「わあったよ、これおわったら晩飯な」
ひじかたはまるい机のまえで胡座をくむと、ころがっていた赤えんぴつを手にしてどりるをながめる。手もち無沙汰なわたしはもう一度、庭をながめることにした。もうまっくらでよくみえないのに、地面がつづいてるとわかるこのはっきりしたものに、わたしはまだとまどってしまう。ふねでは一歩まちがえれば真っ逆さまなのに、ここにそんなきけんは潜んでいない。
「おいこら」
「なに」
「ここまちがってんぞ、合図のあい」
「…まちがってないもん」
「この愛じゃねえんだよ」
「なんで」
「いや…なんでって」
ひじかたのばか。そうこころのなかでつぶやいても意味なんてない。なんにもしらない、わるくないひじかたは、わたしの勝手な私情をついただけだから。
「…書き直すよ」
赤えんぴつをとりあげて、ばつ印をこれみよがしにでかでかとつけた。愛のもじに上乗せされたそれに、むねがすこしちくりとした。ひじかたの視線をかんじる。それもまた、いたい。
「なあ」
「……」
「これ、つづきは待っとけ」
「え」
「帰ったとき兄貴にしてもらいな」
「……」
「それ持って帰ったら、ほめてもらえ。周りがみてねえとこでもがんばってんだ」
「ひじかた」
「なんだ」
「あめ、ありがとう」
また、あたまをなでてくれるひじかたのてのひらは、ごつごつしておおきかった。この中にあのちいさなあめだまがつつまれていたんだとおもうと、なんだかおかしかった。焼き魚のにおいがする。