「優美ちゃんは勤勉だねえ」

ひょっこり現れた近藤さんのかおはいつだって笑いを絶やさない。ふねのなかですごしているわたしにとって、縁側はとってもなつかしい場所だった。おひさまのきげんがよろしい日は、わたしのきぶんもいい。このあいだ近藤さんにたのんで、買ってきてもらった絵本をじっとながめていれば、感心感心とおおきな手がわたしのあたまをまわすようにゆらす。

「ことばと、絵をみるのがすき」

「そっかあ、俺も見習わなきゃなあ」

「近藤さんはいまのままでいいとおもうよ」

「エっ、ほんとに?」

「うん、おっきいままでいいの」

おんなのこがうねうねした道をあるいている挿絵から、はじめて目をはなす。近藤さんはきょとんとしばらくかたまったまま、いつものように豪快にわらいはじめた。このひとの人柄のせいか、こえだっておおきいのにうるさいとも不愉快だともおもわない。世の中はふしぎだなあ。いろんなひとがいるなあ。

「優美ちゃんは、ちゃあんとまわりのひとをみているんだね」

「みる?」

「そう、えらいぞ」

どうして。そのことばは差しだされたいちご大福にさえぎられた。ありがとうをいってうけとる。とおいそらをながめて、ほうと息をはいた。ほんとうに、とおい。たどりついたことなんてない のに、地面からのあそこがひどく恋しかった。距離もとなりの存在も、感じるおもいもぜんぶちがう。おもしろい形のくもをさがそうとしないじぶんなんてはじめてで、変わったのか、とまどう。

「たべないの?」

「…近藤さん」

「ん?」

「あのくもおさかなみたい」

「どれどれ」

そらをあおぐ近藤さんをみつめた。わたしのいったとっさのおもいつきを、近藤さんはまっすぐ受け取ってくれておさかなをさがす。うれしくて、それから嘘をついたことに居心地がわるくなった。このひとは、誰かをうたがうきもちなんて、きっとこころに全くないんだろう。いちご大福をひとくちほおばると、甘酸っぱいその味はわたしをいましめた。まだおさかなをさがす近藤さんに、みかねて、そろそろとくちをひらいたらとつぜん大声をあげられてしまい、びくりと肩がはねる。

「あれあれ!あれだろ!ちょっとさんまっぽいなあ」

なにをそんなに高ぶる必要があるのか、なんておもわなかった。だって、わたしと似ている。むかしの、ゆめみていたこどもの頃のわたしと。

「さんまじゃないもん、あなごだもん」

「アナゴ!?そうなの!?」

「きょうはおさかなたべたいなあ」

「そうだねえ、俺もきょうは魚のきぶんだ」

「ほんとう?」

いちご大福をひとつ手渡すと、やんわりかえされた。すこしさみしいきもちになって目をふせると、今度はあたまをゆらすより、なでるをかんじた。

「優美ちゃんにたべてほしいんだよ」

「……」

「でも、晩飯はいっしょにたべよう」

「…うん」

のどのおくが、あつい。おさかなのちいさな、ちいさな針でもささったのかなあ。
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