わたしにあたえられた六畳のお部屋には、もちろんのことたくさんの絵本も漢字のどりるもなかった。ひまだ。ひとりでこんな殺風景なところにとじこもっても、息がしづらい。けれど、いつも過ごしていた晋助とのお部屋よりもせまかったのは、ありがたくおもった。しらないところに広いが合わされば、きっと今以上にどうしようもなくさみしくなる。反対にこんな中途半端な広さのなかひとりぼっちだと、ひまだ。ひじかたにもらったあめだまの包みを、きれいにたたんで袖口にしまった。
今度は左右を確認しないで堂々と縁側にでた。ちかくには誰もいないようだった。あいさつくらいは晋助によくいわれて心得ているし、だいじょうぶだ。しばらくすすむと、おんなじ洋服をきたおまわりさんたちがはなしているのをみつけて駆け寄る。
「あ、あの」
「? だれこのこ」
「あ、優美ちゃん」
「こんにちは。えーと、やまざきさん」
「そうそう、どうしたの?」
「こんどーさんのとこにつれていってください」
はきはきとおねがいすればあっさりいいよと承諾してくれた。さすがおまわりさん。周りにいたはじめましてのひとたちに、ちいさいやら女の子だやらすき勝手に反応されてすこしこまっていると、やまざきさんはきづいてくれたようでみんなを遮りしゃがみこんでわたしと目線をあわせてくれた。
「おかしあげようか。バウムクーヘンすき?」
「ば、ばう…?」
「おーいザキー」
え?とよこを向いたやまざきさんにつられてわたしも声の主をさがす、ひまもなかった。どがん。どがしゃん。どばん。どれで表したらいいのかわからないけれど、とにかくおおきな音とともに、黒いけむりを残してやまざきさんは消えた。
「あぶないですぜ優美」
「……たろーくん」
「総悟、つぎ言ったらカンチョーな」
「カンチョー?」
わたしの質問にはこたえず、総悟くんはふとい土管みたいなものを肩からおろしてふうとためいきをはく。これはなんだろう。わたしはカンチョーも、さっきやまざきさんがくれようとしたおかしのこともしらない。なさけなくなった。わたし、いままでなにをみて生きてきたのかな。絵本と漢字と、お芋と、そらと。それから、晋助。
「あの地味がわたそうとした菓子はな、たべると地味になって溶けていくという代物ですぜ」
「ほんとう?」
「おう」
「…やまざきさん、たぶんそんなことするひとじゃない」
「あんたはひとを信用しすぎでさァ」
「ひとのことだますそうごくんにいわれても」
「そりゃそうか、ほら」
そうごくんはズボンのぽけっとから、きのうくれたものとおんなじ、コンポタ味のんまい棒をさしだす。これはおいしかった。そうごくんがおいしいよといってくれた、ほんとうのおかし。
「これ、おいしかった」
「たべろよ。握り飯ふたつじゃ腹ァすくだろィ」
なんでしってるの。とは言わなかった。さりげなく与えたかったんだろうけど、みえみえのやさしさにわたしはほっこりしながら絵本の物語をおもいだす。形にはすることができない、ほんとうのやさしさというものは、つべこべ言わずただ受けとめればいいのだということをべんきょうした。
「…ありがとう」
「べつに」
「そうごくん、ごめんね」
「なにが」
「ううん」
ありがとうは、またおはなししてくれて。ごめんねは、わたしもみんなにうそをついてるから、ごめんね。