伊東さんがもってきてくれたふたつのおにぎりがかぴかぴになっていた。からすのなきごえがきこえて、ひざにうめていたかおをあげれば朝日のあかるさが目にしみる。
「…しんすけ」
ここにはいないだいすきなひとのなまえを呼ぶ。むなしくなった。ふねじゃない場所で一晩をすごしたというじぶんがまだしんじられず、とにかく目をとじた。いつもはまっくらでも安心できるのに。こわい。
晋助にたべものを粗末にしてはいけないと、ちいさい頃いちどだけ言われた。わたしもそうおもう。お皿のうえにあるおにぎりをひとくちたべたけど戻しそうになってしまった。ごめんなさい、ごめんなさい。晋助と、おにぎりにあやまった。いいこじゃなくて、ごめんなさい。
「失礼しまーす…」
「……だれ?」
「うわっ」
すみっこでうずくまるわたしをみつけただれかは一瞬からだをはねらせた。まばたきをして、ゆっくりあるいてくる。すこしおどおどした、やわらかいひとだった。わたしもまばたきをして涙目をなんとか隠そうと試みる。のどがきのうからひりひりといたんでいた。わたしはこころがぎゅうとしめつけられたとき、のどの奥がくるしくなる。
「はじめまして、真選組監察の山崎退です」
「……」
「優美ちゃんだよね?はなしは聞いたよ。朝ごはんもってきたけど、たべれそう?」
のどがいたくてたべれそうにないから、くびをゆっくりよこに振った。お魚のかおりが鼻をくすぐる。おなかはきっとからっぽなのに、ごはんをうけつけようとしない。
「そっか、むりはしないでたべたくなったらたべてね」
「伊東さんは?伊東さんにあいたい」
「あ…伊東さんは」
「山崎ー優美ちゃんおきてる?」
「局長」
ちがうこえと共にきのうの豪快なひとが現れてすこし安心した。このひとはきっといいひとだ。なんとなくそうかんじた。あんまりたくさんの人間とかかわったことはないけれど、ほんとうになんとなく、だ。
「眠れなかったみたいだね」
「…伊東さんは」
「先生はね、幕府のひとたちとの用事があってしばらくはもどらないから、きみのことをよろしくと頼まれたよ」
「えっ」
「大丈夫!うちのごはんは美味しいし、風呂だってひろい!」
「いや全然大丈夫じゃないでしょ!ただでさえこの所帯で飢えてるっつーのに」
「まあまあ、みんないい奴らだから心配など無用!」
「…こんどーさん」
「おっ、おぼえてくれてたのかあ」
このひとたちやそとのせかいに、晋助と反対側のものに興味がわいた。それはおんなじお魚のにおいであったり、ふねとはちがうすこしずっしりとふみしめられる地面であったり。とりあえずここで伊東さんをまつことにきめた。そうおもうとずいぶんすっきりしたような、漢字のもんだいをときおわったような感覚がはしった。
「おせわになります」
すわりっぱなしだったからだを立たせるとおしりが固くなっていた。きっとこれでいい。ちがう場所でちがうものをみて、それからちゃんとかんがえよう。晋助のことを。