おひさまはいつのまにかすがたを消す。その瞬間をみとどけようと躍起になったことがあるけれど、いまだに成してない。きづかないあいだにくろく変わってしまう空模様をふしぎにおもい、こわくもおもった。おひさまはどこにいくんだろう。気まぐれに、もうかおをださなかったらどうすればいいんだろう。ねえ晋助、もしもあした、せかいがまっくろになったらわたしはだれの手をにぎればいいのかな。あいたくない、のに 晋助がとなりにいないだけでこんなにもあしたがこわいよ。
「優美ちゃん」
「ごめんなさい」
「いいよ。ほら、これで顔をふいて」
手ぬぐいをもらい、縁側にふたり座って簡素な庭をながめる。とおくからおおきな笑い声やさわぎがきこえてくるあたり、きっともうばんごはんの時間なんだろう。さっきの豪快なひとは伊東さんにふたりきりにしてくれと言われて去った。
「けんかでもしたのかい」
「……」
「でなければ、きみがあそこからぬけだしたなんて考えられない」
「そうですか」
「べったりだっただろう」
高杉に。伊東さんがわらう。ばかにしてるのか、単におかしいのか。わたしがただもとめたこたえをもらえなかったから、無我夢中で晋助を否定してにげた。絵本のとおりに、すき を言い合えなくて、むかしのように伝えられなくて、くるしかった。ほしいとか、すきなんて感情しらないほうがよかったのかもしれない。晋助のそばにいたい。それだけでわたしは、それだけをもってわたしは、生きていける。ほんとうに?
「きょうはもうおそいから、ここに泊まっていきなさい。あれだったらぼくが送ってあげるが」
「…ううん、とまる」
「そうか、わかった」
「伊東さん」
「なんだい」
「ありがとう」
伊東さんはすこしだけくるしそうなかおをして、わたしのあたまをなでた。だまってされるがままになっているうちに、伊東さんの手がつめたいことにきづいた。このひとは、わたしのようにじぶんもまわりもわからなくなって、なにかがほしくて、晋助とおまわりさんのあいだを行き来しているのかもしれない。こんなにつめたい手をしている理由が、すこしわかる。
「伊東さん」
「ん?」
「わたし、やっぱり帰りたくない です」
「…帰るべき場所があってもそうやってつきはなしてしまうのが人間だ」
「、わたしには にんげんがどうこうなんて、わからない」
「そうだろうね。優美ちゃんはまだ、考えて行動しなくてもいい」
考える?どうして、わたしはまだこどもだから?学がないから?ことばはたちあがった伊東さんに遮られてしまった。ゆらりと細長い影におおわれたことにきづき、わたしはうえをみた。ひろいお空にいつのまにかおつきさまがすわっている。おつきさまも、薄いけど影をつくる。
「近藤さんにきみのことを言ってくるよ。部屋を用意してもらわないと」
ぐう。わたしのおなかが計らったようになった。はずかしくてうつむいてしまったけど、たぶん伊東さんはあのこどもみたいなかおをしてわらっている。