じゃりのおとをひさしぶりに聞いた。足をすすめるたびに、地面はにょきにょきまえにのびて生きているような気がする。ためしにジャンプしてみたけど、とくにうごいたりはしないから拍子ぬけてがっかりした。ぴんくの羽織りをにぎりしめてわたしはそらを仰いだ。なんだかいつもより、とおく、とおく感じた。かってに船をぬけたことはないから、あるいてもうしろをなんども振り返ってしまう。気をまぎらわしたい。けれどもおひさまはすでにオレンジにそまっていて、はやくわたしに帰るよう急かしているみたいだった。江戸の町をぶらぶら探索してると公園についた。数回しかさわったことのないブランコを漕ぐ。てつぼうはいまだに、どうやってあそぶのかよくわからなかった。
「…ゆーやけこやけで」
「日が暮れてー」
「えっ」
「こんにちは、お嬢さん」
いつのまにかとなりのブランコにはおにいさんがいた。まずはじめに目がいったのは、おにいさんのおでこにあるもうひとつの目だった。
「おめめが四こ」
「アホ嬢、これはマスクでさァ」
「マスク?」
おにいさんがマスクをさげるとおかしく下げられた目が、ぴったりかおにフィットした。江戸にはこんなにおもしろいものがある。
「すごーい」
「世間知らず」
「うん、わたし、あんまり江戸のことしらないの」
「どこぞの箱入りむすめですかィ?」
「ねえ、ほかには?ほかにはへんなものないの?」
「無視か、俺からいわせてみりゃいま目の前にいるあんたがへんなものでさァ」
「わたし?」
「そう」
「わたしへんかな」
だから晋助も、すきって言ってくれないのかな。すこしうつむいてつまさきをながめた。しらないおにいさんはわたしのこころの有様なんてつゆ知らず、となりのてつぼうにむかう。
「アイマスクとその用途すら知らねぇとこ、もうすぐ晩飯の時間だろうってのにいつまでたっても帰らねェとこ」
「アイマスクっていうんだ」
「そこに反応するんですかィ」
「…おうち、どこかわからなくなっちゃったんだもん」
おにいさんがてつぼうをにぎったままぐるぐる回る。こんなことができるものだった。とってもたのしそう。
「それはなんていうあそび?」
「逆あがり」
「わたしにもできるかなあ」
「むりむり、お嬢さんにゃあせいぜい前回りまで」
「えー」
「お嬢さん、なまえは?」
「……優美、おにいさんは」
「田中太郎」
「太郎くん」
「…よかったら、おうちいっしょに探してあげやすぜ」
わたしはそっとブランコから腰をあげる。太郎くんのかみのけが、夕焼けにとけこむくらいきれいないろをしていることに気づいた。
しらねぇ野郎とは?
あそばない、ついていかない、なにももらわない。
わすれたわけじゃ、ないのに。むねがちくりとした。