しずむ夕陽をみつめながら手をつないでたんぼ道をよく散歩した。坂道へさしかかるとなんにもいわずおんぶをしてくれる晋助に、たくさんたくさんだきついた。
しんちゃん、あのおおきなりんごはどうやったらたべられるの
山のむこうで橙にひかるそれを、ゆびさしてたずねた思い出。芒がさわさわと風になでられ心地好いおとに包まれたあのやさしいときを、わたしは一生忘れない。
きっとすごくおいしいだろうね、しんちゃんといっしょにはんぶんこしてたべたら、もっともっとおいしいだろうね
そうだなァ。優美、おまえの望みなら、俺があの林檎をとってきてやるよ。だから 俺と
「…しんすけ」
まだはっきりしない意識で気づいたのはまぶたのおもみだった。そしてお布団のなかが、ふたり分のぬくもりだったこと。おきあがってみるとこれはわたしのお布団じゃなかった。晋助はすでにいない。きっとお仕事だろう。朝をひとりでむかえることはなんどもあった。だからそろそろ、慣れてもいいころなのに。
両腕のなかに豆腐の人形がおさまっている。これはむかし村のお祭りにいったとき、晋助に射的でとってもらったものだ。しんちゃんしんちゃん、いつか配給がすくなくなったら、この豆腐をわけよう。おいしいおみそ汁をつくろうね。だからおなかが空いたときも、これでだいじょうぶだよ。
晋助はいつもわらってくれた。いつでもわたしの子供心に相槌をうって、そうだなと返してくれた。おとなになるにつれて、いまになるにつれて、わたしたちの夢見たことはどんどん現実に阻まれてゆく。おおきなりんごもまだ食べれてない。豆腐の人形も、形がかけることはない。夢だけじゃなく、約束までも失われていくのだろうか。
晋助のながい小指とわたしのみじかい小指をからめて、なんどもげんまんした。わたしのゆびはまだまだあのときと変わってない気がする。それじゃあ、変わったのは一体なに。わからない。くるしくてせつなくて、ただわたしは、晋助がすきなのに。すきなのに、どうしてくるしくなるの。くるしいのに、どうしてすきなの。お布団がまた濡れる。そっと裾でなみだをぬぐったのがさびしくて、もう放っておくことにした。ひとりぼっちで泣けばほんとうにひとりぼっちになる。だから泣くときは俺のとなりで泣け。
お布団にもぐるまえにはなかった、肩にかかる羽織りがまたなみだをさそう。晋助、晋助、しんちゃん、しんすけおにいちゃん。どうしよう わたし、ひとりで泣いちゃった。