しんちゃんだいすき。ずうっといっしょにいる。

まだ晋助の足にしがみつくことしかできなかったわたし。ぶらさがる腕をうえに伸ばしてやっと、晋助と手をつなぐことができたわたし。おつきさまがほしいと、ねだっていたわたし。ずっとずっといっしょにいて、これからもそれを望むわたしたち。あたりまえだとおもっていた。小難しいことなんてまったくかんがえずにわたしはじぶんのきもちにすなおに生きてきた。だから根拠や理由をしりたくなったとき、後悔する。かんがえるのは、知るのは、こわい。

「晋助は、わたしのことすき?」

部屋で黄ばんだ本をよむ晋助にそう尋ねた。晋助の片目が、すこし、ほんのすこしだけ文字からずれたのをわたしは見逃さなかった。そうしてまた何事もなく寡黙になる。

「ねえ晋助」

「…なんだ」

「わたしのことすき?」

「いきなりなにがあった」

「べつに」

問いかけにどうしても答えてくれない晋助に不安をかんじた。もやもやする。それに、焦りもする。晋助はずっといっしょだといってくれたし、わたしがそばにいることを望んでくれた。けれどもいまは、それがほしいんじゃない。わたしのわがままは感情にまで足をふみいれはじめた。

「きょうの晩飯を残していた訳はそんなくだらねぇこと考えていたからか」

「くだ、」

「もう遅い、寝ろ」

「……やだ」

「おい」

「答えて!」

着物をぎゅうとにぎりしめる。しわがのこってしまうかもしれない。わたしのハートもいまきっとこんなふうにぐしゃぐしゃになっていて、叫んでいる。どうして、どうして言ってくれないの。約束はなんどだって繰り返してくれたのに。

「おまえだって言ったことねえだろ」

「あ、あるよ。あるもん!」

「むかしと今は、ちがう」

むかし。いま。そうだ、思い返すとわたしは成長するにつれてどんどん、きもちを口にすることが減っていった。それは一体どうして。ちがうと晋助は言った。なにがそうなんだろう。むかしはいつまでがむかしで、いつまでがいまなの。

「わたし、晋助がすき」

ひさびさにそう伝えることに抵抗はなかった。あの頃は何回だってそのきもちをことばで表していた。できなくなったのは、いつからだろう。晋助の着物のすそをつかむ。晋助はどんなときもわたしの手をふりはらったりしない。そうするのは容易いことなのに、伸ばされた手だってからみつく腕だっておんなじ約束だって、晋助がわたしを拒絶したことはいちどもなかった。

「だからちがうと言ってるだろうが」

「むかしのすきも今のすきもいっしょだもん!どうしてちがったらだめなの?ちがうから、晋助は言ってくれないの?」

「そうだ」

「……なん、で」

「ちがう。俺と、優美のすきは」

晋助のすき。教えてくれない、伝えてもくれない晋助のすきは、どうやらわたしとおんなじ、ただのすきじゃない。だったらそれは、すきの反対かもしれない。

「…もう寝るね」

「優美」

晋助がわたしのなまえを呼ぶ。いつもとちがう、アイロンでしわをのばすような丁寧さをこめた物言いだった。返事がしたくてたまらなかったけれどわたしはお布団にもぐりこんで両方の耳をふさいだ。暗くてさむい。いつも、こんなに冷たかったっけ。目をつむったのに、とじこめていたものはどんどんそとへ出る。敷布団にいびつなしみが点々とできあがる。わたしはやっぱり、感情にうそをつくことができない。

やがて行灯がきえて、ぼんやりとした橙色の部屋がまっくろになった。いつもはわたしが眠るまで、あたまをなでてくれる晋助のやさしさ。あたえてくれるぬくもり。それはきっと、あたりまえにかみしめられることじゃない。だから感謝してその都度のじかんをたいせつにすればよかった。こうして無くなったときにはじめて気づくじぶんを嫌悪した。

「優美」

ふとん越しにあたまへのせられたなにかと、わたしを呼ぶ声。これはしってる。いつもとおんなじ、晋助の手。ふるえるからだがすこしだけ和らいだ。やっぱりどんなときでも晋助はやさしい。だから、ないてしまう。
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