こちこち鳴る時計のおとがやけに耳にのこった。そらを見あげる。黒と、まあるい白がひとつ。もうすっかりよるを迎えたせかいにすこし震えて、おふろ上がりの髪をふく。きょうの晋助は総督のかおをして出かけたまま、まだ戻ってこない。子の刻をまわったいま、そろそろ眠気の誘いにわたしのまぶたは耐えかねている。こしこしと目をさすりながら部屋の襖をひらくと、しっている気配。晋助、かえってきた。

「 しんすけ」

電気も行灯もつけないで、ただ窓辺にたたずむ晋助をひかえめによんだ。まっくらな空間。ゆっくりわたしのほうを向く晋助に、なぜだかほっと息を吐いた。

「…優美」

「うん」

「…………」

「そっちにいってもいい?」

「ああ」

ぺたぺた。わたしの足音が夜風とともに響いてはきえる。晋助はわたしから視線をそらし、まどからそらをみる。なにもはなさず、息をしながら肩がわずかにうごくだけ。

「おかえりなさい」

「…ただいま」

「晋助、冷えちゃう」

「おまえも風呂あがりだろうが」

「へいき」

こっちをみてくれない晋助。ひとつだけのその目は、ただただそらへむけられている。青いそらはきぶんが晴れやかになるけれど、この一面まっくろな色に慣れるまでしばらくかかった。ときがしずかな、おほしさまもおつきさまもきれいな夜空。そんなよるのやさしさに気づかせてくれたのは、晋助だった。それまではただ、わたしをひとりぼっちにする恐いものでしかなかった。

「しんすけ」

「…なんだ」

うしろから晋助の腰にうでをまわして、みぎとひだりのゆび同士をつなぐ。いつのまにかわたしのうでは、晋助をこうして抱きしめられるくらいになった。それがひどく、うれしかった。

「ずうっと、いっしょにいるよ」

しってる。しってるよ。晋助がだれかを、なにかを壊したとき、いつもそうやってそらを見あげること。しってるよ。

わたしには絵本でよんだ知識しかないし、せかいのぜんぶをしっているわけじゃない。けれど、なにが正しくてなにがまちがっているのかなんて、それはきっとひとによって、ときによって変化するものなんだとおもう。だからわたしは晋助のやっていることを正しいともまちがっているともいわない。ただ、晋助が考えてつよく決心した道を、見守るだけ。もどかしいけれど、わたしはあたまが良くないし一生懸命べんきょうした経験もない。晋助から学んだことだけで、たくさん考える。

「 いてくれ」

ぽつりとそう呟く晋助がめずらしいなんておもわない。だって晋助は人間だから。やさしい、やさしいひとだから。

「うん、いるよ」

晋助がわたしにしてくれてうれしかったことを、おんなじようにしてあげる。それが、晋助からおしえてもらったこと。きゅうと腕にちからをこめた。晋助がまっくろにさらわれないように 消えてしまわないように。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -