俺の朝の目覚めは、よわい蹴りによって起こされる。
「ってぇ」
「…んぅ」
蹴られた脇腹をいたくもないのにさする。痛いと声がでたのはおもわずの条件反射だ。はあ、とこぼしたため息はこちこちと鳴る時計の音とともに空気を伝わってひびいた。窓からのぞく空はまだ薄暗く灰色で、鳥の鳴き声もきこえない。気怠いあたまを僅かに動かし、自分の横にごろんと寝転がっているあたたかいかたまりを見遣る。その寝顔はまだまだあどけなさを残しており色気なんてものは皆無、 いや訂正。寝巻きの裾から垣間見える細く真っ白な両の脚は些か見るにたえられなかったので自分の布団を無造作にかけてやった。耐えられないというのはべつに見苦しいとかそういう訳では断じてなくああいう訳だ。察しろ。
寝起きのぼやけた視界でぬくいかたまりの横をたどると、けちらされたかたまり本人の布団がもう一組。それをほっぽりいまだ夢のなかの優美は、豆腐の形をしたふわふわの人形をだきしめてきもちよさそうだ。大体このさむい時期にどうしてこうも動きまわれるのか気になった。今度きいてみよう。それに、こいつの寝相のわるさにはもう慣れた。たぶん。
「ふわっ」
「何だ」
「…いも、さと、いも…えへ、さといもが」
寝言の意味不明さにも慣れた。たぶん。
「いっぱい…えへへ…」
「優美」
ちいさな身体に覆い被さり、耳元で名を呼んでやると、寝相のわるい寝言が意味不明な本人は豆腐人形をきゅ、とだきしめて口元に笑みをうかべた。夢見に自分の声が届いたのだろうか。それとも、ごちそうがおいしかったのか。
肌寒いので愛用の羽織りを肩にかけ、部屋をそっとぬけた。自室からまっすぐに続くながい廊下から、素足にひやりとつめたさが伝わる。きょうはさむい。まだしずかな船の中を歩く。
「起きてるか」
「高杉さん!おはようございます」
厨房で働く料理人たちの朝ははやい。てきぱきむだなくうごくなかのひとりに告げる。
「きょうの朝は里芋をだせ、いいな」
それだけ伝えきびすを返し、元来た廊下を歩いた。きっと今頃また、俺がかけてやった布団を蹴散らしただろう優美を想像しながら、ひとりひそかに笑った。