きょうのおやつはフルーツをたくさんのせたタルト。みずみずしいオレンジやいちごたちが甘酸っぱさを語っている。またこおねえちゃんが買ってくれたけどあんまり食べたら太るから、きをつけるようにと忠告された。おとさないよういつものスキップはやめておく。
「晋助!」
部屋へもどってお皿をテーブルに置き、窓辺にすわる晋助をよんだ。
「きょうね、またこおねえちゃんがタルト買ってくれた」
「………」
反応がない。しばらく待ってみたけど返事はこなかった。寝てるのかな。
「しんすけ?」
煙管を吸っているから寝てるわけじゃない。右目、わたしからだと左目だって窓のそとをみつめている。これは、俗にいうしらんぷりだ。
「晋助、ねえしんすけ」
やっぱりことばは返ってこない。ゆっくり吐かれたしろい煙はまどからそとへ旅にいった。その様子をじっとみつめる。煙さん、晋助はなにをおもってたの。晋助のからだのなかにいたんでしょう。
「し、すけ…」
「 だまれ」
「………ふ」
なんで。なんでなんでなんで。わたし、なにかした?晋助がこっちむいてくれない。さびしい。
「…う、うぇ」
「………」
わたしはとことんじぶんに正直だ。かわいい言い方をすればすなおだ。笑いたければ笑うし、いやなときはいやと言うし、泣きたければ泣く。
「ひ、ぅ、う…」
「 優美」
やっと呼んでくれたなまえを合図にわたしは火がついたように泣きじゃくった。
「うわああああん、ふ、ふわああああ」
「こっちこい」
晋助にしがみつくとせなかをおおきな手がなでてくれたから、すこしぐるぐる巡る感情がおちついてきた。しらんぷりするってことは、なにか理由があるんだ。
「し、し、すけ」
「………」
「ごめ、ひ、く、ごめんなさあい」
「なんで俺が怒ってるかわかるか」
「わ、わかんない…」
やっぱり怒ってた。晋助、わたしのこときらいになったのかなあ。だったらひとりぼっちとおなじくらいこわい。
「言っただろうが」
「…ぅ、」
「万斉に近づくとグラサンになるぞ」
「ば、ばんさいさん?」
「勝手にほかのやろうと約束すんじゃねえちび」
やくそく。ああ、いまさっきのさつまいもケーキのこと。お芋絡みだからわすれるはずがない。あのとき晋助はどこかできいてたんだ。
「 ふえ」
「ケーキぐれぇ俺がいつでも買ってやる」
「ひ、ぅ、はあい…」
これは、なんだっけ。晋助がほかのひととなかよくしてたら芽生えるきもち。ぐるぐる、もやもや、うずうず。このうごきはなんだっけ。晋助にさいきん教えてもらったこれは。
「やきいも…」
「は?」
「しんすけも、こころがやきいもになる?」
そうだやきいも。だいすきな晋助。わたし以外のひととおはなししてほしくない、となりにいてほしくない。この感情はやきいもというのだとまえに教えてもらった。わたしのすきなものが、もやもやのこころとおなじ呼び名ですこし複雑さを感じたことが印象にのこってる。
「…お前限定でな」
「ごめんなさあい」
「わかりゃいい」
「う…」
「それから優美、やきいもじゃなく」
「え?」
「いや…いい」
晋助のゆびがぽたぽたおちる涙にふれた。ほっぺたを包んで、親指があとをぬぐう。いつものやさしさに、わたしはうれしくて安心して泣いたり笑ったり大忙し。ひとつだけ引っかかることがあった。晋助がもやもやするのに、わたしはそれがわかってすこしうれしかった。いつもは晋助がたのしいとわたしもたのしくなって、悲しいと悲しくなって、うれしいとうれしくなるのに。絵本じゃ学べないこともある。単純なようでむずかしい。ひとのこころはどんな仕組みになってるんだろう。