あのぬくい身体が、寝入った時と変わらずこの腕のなかにおとなしく収まっている日もあれば、はたまた寝相の悪さを発揮させ布団の外で寒さに身を縮こませながら眠る姿を、寝起きの視界にぼんやりと捉える日も少なくない。
何にせよ、どんな寝姿だろうと頬を緩ませるのには十分だ。

きょうはどちらだろう。いつものように、まぶたを開くよりも先に手と腕を動かし、優美の身体をたぐり寄せようとしても手応えはないことから、また届かない距離にまで転がっていった日だったかと判断し、片目を開く。早いとこ再び、自分の腕に閉じこめるためだ。
しかし、まだ窓の外が白んでもいない真っ暗な闇のなか、どれだけ目を凝らそうと気配を研ぎ澄まそうと優美は部屋のどこにもいなかった。そう理解すると、明らかに季節の冷気ではないものが背中に走った。寝起きの意識が一気に覚醒する。一旦冷静になることもできず、立ち上がろうと片足にちからを込めた、刹那

「晋助?」

どうしたの、どこか行っちゃうの。

焦った声のしたほうを向けば、当の優美が襖を閉めそばに駆け寄ってきた。慌てた足取りで敷布団の上に腰を下ろした優美は、未だ立ち上がろうとした体勢のまま固まっている俺のかおを覗き込む。確りと目が合ったにも関わらず、暫し呆然としてしまったのは仕方のないことだとおもう。ざまぁない。
頭を冷やして考えれば、寒かったのでもう一枚掛布団を探しに行ったとか水が飲みたくなったとか、布団を離れる理由はいくつか想像できる。できるというのに。

「おまえ…何処に」
「え?お手洗い…」
「……ハァ」
「し、晋助?っわ、 …どうしたの?ねぇ、」

自分の目覚めに優美がいないというだけで、このザマだ。脳裏に描いてしまった腹立たしい嫌な想像を一息とともに吐き出し、縋るように両腕をのばしてちいさな身体を抱き寄せる。そのまま、床に打ち付けないよう優美の頭を手で支えぼふりと倒れ込み、ずるずると布団の中に引きずり込んで、ふたりしてまたそこに包まった。

「…いつの間にか、おまえは厠もひとりで行けるようになっちまったんだな」
「な、なっちまったって……喜ぶことじゃないの?」
「昔は泣きっ面で毎晩俺を起こしてたのによォ」

いつからだろう。そんな夜の日常も、もう訪れなくなり、訪れない日常が当たり前になったのは。
そんな成長を喜ばしいことではなく、ほんの少しさみしいとおもうのは可笑しいことだろうか。

「…もうそんなにこどもじゃないもん」
「ガキだろうが何だろうが関係ねぇよ。おまえが頼んでくれりゃァ今でもついて行ってやるぜ」
「んもう!大丈夫だってば!………で、でもね、おばけの夢見ちゃったときは、…おねがいしてもいい…?」

つい先程、あのような些細なことでも嫌な想像をしてしまい、そしてたしかに恐れというものを感じていた男が何様なのだろうかと。随分上からに言った自分の申し出に、どっちがガキなんだと自分自身をこころのなかで嘲笑っていれば、優美のほうはそんな返事を寄越してきた。

どうにもことの運びが思い通りではないような、それでも、自然と俺の望みをそっと掬い取ってくれる優美の無垢さが、心地よくて仕方なかった。そしておもうのだ。きっと俺がこいつに敵う日など、永遠にやっては来ないと。
かたわらで世界を壊そうとしている男がなんとも滑稽なありさまだと、今になって取り戻した冷静さでそう考えてしまい、おもわず喉を鳴らした。すると優美は怖がりな自分を馬鹿にされたとおもったらしく、ぷくりと頬を膨らませた。

「怖いものは怖いんだもん…」
「そうだなァ、俺も怖ェよ」
「晋助も?夜に厠へ行くのが?」
「違ぇよ。…目が覚めておまえが傍にいねえのは、恐ェ」

素直さまで伝染しちまって、どうしようもねェくらいの滑稽さだ。それでも俺はこの女を手離すことなど出来やしないし、優美とならばどこまでも滑稽になってやろうとすらおもうのだ。

「 しんすけ、」
「…次からは起こせ」
「……いいの?怖い夢、見たときだけじゃなくても?」
「いい」

むしろ起こしてくれとさえおもうのに、優美はめずらしく食い下がってくる。

「…いざそうなった時、もうがきじゃねーんだから、とっととひとりで行って戻ってこいや!とか、言わない?」
「……」
「…?しんす、ぃっ、たぁ!なんででこぴん?!」
「いいっつってんだろ、もう聞くな」
「……はぁい、…へへ」

そんなにつよく弾いたつもりはなかったが、痛いと額をさする手をそっと握り、前髪をさらりと退けて唇を落とした。ちゅ、とちいさく音を鳴らせば、暗がりのなかでも優美がはにかんでゆくのが分かった。
優美のそんなようすにつられて口角が上がる反面、まだまだ食い下がってくるならばそのくちを塞いでやろうとも考えていただけに、少し残念だと感じる部分もあった。
どうしてもそばにおきたい いてほしい、俺だけの、

「優美」
「ん?」
「俺といてェか」
「いたい!ずうっと!」
「そうかい」
「…ね、晋助」
「何だ」
「あ、あのね…晋助、は…わたしと……いっしょにいたい…?」

俺の胸元にやわらかい頬をすり寄せていた優美が、そっと頭を動かし見上げてくる。窺う目にも、歯切れの悪いことばの端々にも不安げな色があった。答えなんて決まり切っているというのに、いつまでおまえにそんな目をさせないといけないのだろうか。

「あァ、」

たったそれだけの短い返事でも、ふにゃりとかおをほころばせて笑うものだから。あんまりにもしあわせそうに、おまえが笑うから。俺は続けてこう言ったのだろう。

「、いてくれ」
「…… うん」
「優美」
「いるよ、晋助のそばに…ずっと」

鼻をすする音。この女を泣かせたくない、いつだって笑っていてほしい。どうすれば叶えられるだろう。
兵を作りあげることよりも、はたまた世界を壊すことよりもそれは容易ではなく、頭を悩ませる。

「わたし、せかいで一番しあわせだなぁ」

だが、それをいとも簡単に取り払ってくれるのも、俺を救うのもいつだって優美だった。
しあわせだというそのことばを絶えさせたくない、絶え間無く与えてやりたいと、抱きしめる腕にちからを込めた。

「だいすきだよ、晋助」

閉じた目の奥が、ふたつとも熱くなるのを、たしかに感じた。
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