なんの前触れもなく、うしろから髪にふれられるのがすき。そのまま晋助の手櫛で梳かしてもらうことも、だいすき。


なんとなくビージーエムがほしい気分。チャンネルを一通り一周し選んだのは、深夜にさしかかる前の大して興味もないバラエティだった。音量はちいさめに調整して、ひとの声やリアクションの効果音でちょうどいい具合に暇をつぶせそうだ。

おふろあがり、髪も乾かし終わってもうこのあと残されているのは寝るだけという一息をつくじかん。
体育座りの体勢で膝を抱えながらぼうっと四角い画面を見つめていると、窓際で読書をしていた晋助が本をとじたのか、パタンという音を耳が拾った。そうして本を離してから、わたしの背後まで歩み寄り、すとんと腰を下ろし胡座をかくまでの動作が、空気の流れや生活音で分かった。このあとはもう、なにをされるか分かっている。
なんとなく、あ、今腕を伸ばしてるんだろうなという気配をわたしは幾度の経験から正面を向いていても感じとることができる。予想通り、晋助はわたしのあたまを二三度撫でると、そのまましなやかな動作でゆびを髪の間にするすると通らせた。

「きもちいいなぁ」

晋助がわたしの髪にふれるのは、だいたい決まって背後から。気配は寄越すものの、前もった予告なんてものはない。あったところでなんとなく拍子抜けしてしまう。
今か今かと待ちわびることがすきなわたしのそんな嗜好を、晋助はきっとお見通しで、且つ合わせてくれているんだとおもう。
晋助のゆびが毛先をいじれば、髪の先がよわいちからで引っ張られる。そうしてあたまのてっぺんにまできもちよさが伝わった。

「頭を撫でられるよりも、こっちのほうがきもちいい」
「そうかい」
「どうしてなんだろうねぇ。なんか、痒いところをちゃんと掻けてる時の感覚と似てるの。あ、勿論それよりもずっときもちいよ」
「ふれている俺の方も心地がいい、…お前の髪はきれいだ」
「えへ、だって晋助に毎日こうやってさわってもらってるからね!」

だからきっときれいなんだろうよ。
晋助のほめ言葉にうれしくなったのはもちろん、それ以上に照れてしまった。照れ隠しにこえを弾ませ、冗談のような返しをしてしまったけどだいぶ本気でそうおもっている。
身だしなみにどちらかというと無頓着なわたしでも、有難いことによく褒められるこのまっすぐな黒髪は、晋助の手櫛以外とくにメンテナンスを加えることもなく、生まれつきのままのものだ。

「…随分さみィことを言いやがるな」
「さ、さむい……、そっかさむいのか今の…」
「くく、拗ねるなよ、優美」
「あのね拗ねるというよりも落ちこんでるんだよ」
「……」
「…晋助?」
「……これ以上どこもかしこも綺麗になられちまうと 困る」



今度こそわたしは本気でだんまりになってしまった。晋助がわたしにいつも底抜けのやさしさをくれるのは今に始まったことじゃないけど、それはさりげなかったり目に見えないことのほうが多いから。
こんな、ストレートという程度を遥かに超えた、胸をきゅっと掴まれたような甘さをもらってしまって思考がうまく働かない。

「困る、なら…、」
「ん?」
「もうどこにもさわってくれない?」

煌びやかなスタジオを流していた画面は、いつのまにか速報だというニュースに切り替えられていた。どうやらきょうの夕方、街でテロが起こったらしい。空から回ったカメラが悲惨な光景を映し、現地にいるリポーターもその状況を緊迫感めいっぱいに実況している。
たった今こんな雰囲気じゃなければ、これ晋助がやったの?なんて軽く問いかけることくらいはしただろう。バラエティを遮ってまで流されたこのテロは相当な規模のものだったのだろうけど、無情にも他人事にしか感じられなかった。
わたしのこころが動くことなんて、このひとと居るときに限られている。
わたしには、たった今わたしのせかいで起こっている大事件のほうが重要だった。

「そんなことが出来るわけねぇだろ」
「し、晋助、あ」
「誰にも見せなければいい 俺がふれることで益々綺麗になるのなら」
「ん…ん、」

晋助はわたしの髪をひと束にまとめると、曝されたうなじの辺りに、リップ音を鳴らしながらくちびるを吸付けた。身体中にぞくぞくとした感覚がめぐるのは、続けてくびを晋助の舌が這っているからだけじゃなく。

「誰の目にも映らねぇよう、お前を一生涯閉じ込めておけばいい話だ」

わたしも大概、ふつうという枠から逸してしまったのかもしれない。
うれしい、うれしくてたまらない。だいすき晋助。ことばの通りすぐにでもそうしていいよ、してほしいよと今度こそ本気で返せる。

晋助が未だ、うなじへ震えるような感触を残すことをやめないのにも構わず、わたしは背後にむけてくびを回した。これ以上ないくらい艶のこもった声で、狂気めいたことを囁いた一方、わたしを見つめる目はただやさしく細められていた。

「すき、晋助」

そんな晋助になにも考えられなくて、くちからぽろりと転がり出たような返答がこれだった。
キスをする寸前に、ふたりして頭を傾けるこの仕草がたまらなくすき。そっと重ねるだけのものから、段々とたべられるような深い深い交わりになってゆくことであの狂気がうそじゃないと伝わる。
晋助が頭に添えた手をゆっくり動かし、わたしの髪を梳かす。相変わらずのその手つきは、キスのおかげで全身の感覚がぼんやりしてゆくのに、一層きもちよく感じた。
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