おもっていること、感じていることをことばに直すのはとてもむずかしい。だから誤差をつくったり嘘を伝えたりするぐらいだったら、何も言わないほうがいい。それがわたしの本音。
というのはただの建前みたいなものでほぼ実用には到っていない。わたしは頭のなかで悶々と考えるよりも、くちから出ることばのほうが先だから。それはとても、癪でたまらないことだった。
そしてきょうもまた、学習せずにおんなじことを繰り返す、はずだった。
「銀時…?」
「なぁ」
「なにして…はなれて、よ!」
相も変わらず依頼の来ない万事屋は、神楽ちゃんと新八くんが不在なためいつもより静まりかえっていた。ついさっきまでは。
そんな状況に託けたのか、とつぜん銀時は立ち上がってお手洗いに向かおうとしていたわたしの腕を掴んだ。そうして、うしろの壁と、自身の身体のあいだにわたしを挟み身動きをうばった。
今までだったら、そう、チャンネルの取り合いとかプリンおまえのほうがおっきくね?なんてことから奪い合いに発展して、けんかになるはず。毎日毎日おたがい飽きもせず口喧嘩。
「ちょっと!退いてよ!蹴るよ!?」
忠告通り実行しようとわたしが脚を曲げた瞬間、銀時は着物のすそから自分の片足をちらつかせ、この訳の分からない事態のせいで結局ちからを入れることができなかったわたしの脚を抑えた。
わたしの両脚の間に収まる男らしいそれにぞわりと鳥肌がたった。なにがしたいの、いったい。
「おまえさぁ」
「なに、ほんと…いい加減どいて」
ねえ、わたしがどんなきもちで毎日言い争ってるとおもう?せっかく積み上げて整頓した大量のじゃんぷを、ギンタマン巻頭カラーの号どこに埋まってんの、とまばたきを一度し終わった瞬間にはもう散らかしていたり、出しっ放しにしたいちご牛乳の中身をこぼしたり、家賃は言わずもがな滞納しっぱなしだしそれなのに日がな一日ごろごろ寝てばかりだしたまにトイレながいし天パだし。ああもうむかっ腹が立つ。
そんな諸々たちにまず口煩さが先走ってしまうことも、すなおになれないことも。
「ほんっとかわいくねーな」
「う、うるさい!」
いつものように、カンに障ることばをいわれたのに言い返せなかったのは、たった今わたしを罵った銀時がわたしの頬を両手で包んだからだ。何がしたいの。一体きょうは どうしたの。いつもみたいにああ言えばこう言う銀時じゃないと、なんだかわたしも調子が狂う。
「っとに優美は、すなおじゃねぇよ」
「…えぇ!?」
徐々にかおを近づける銀時にびっくりした。反射的にそらすと、すこし眉をさげる銀時にこれまたびっくりした。銀時って、こんな表情をみせるひとだったっけ。こんなにまっすぐな、め、してたっけ。
「ぎん、と、き」
あともう少しで、くちが、ふれる あ、ぁ
「銀さーん。苺牛乳なかったんでコーヒー牛…乳……」
「………」
「………」
「う、わァァアアア!!」
すいまっせーん!!という新八くんの無駄におおきな謝罪の声とともに居間の障子が震えながら閉まった。なにアルか?どーしたアルか?と神楽ちゃんの声が遠くできこえる。
段々とまた、静まりかえってくる部屋。唖然とするわたしの目の前で、銀時は糸が切れたかのようにその場でずるずるとすわりこんでしまった。
「なんだ今の…」
「あの…銀時?」
「…なあ」
「な、なに?」
銀時が苦々しいかおで、でもまっすぐわたしを下から見上げている。わたしはこれからどうすればいいんだろう。
「俺も、すなおじゃないんだよ」