ひんやりとした秋の風がほおをくすぐった。冷気を含んだそれはあたりの木々をざわりとゆらすと同時に、わたしの髪の毛も乱雑にしてゆく。けれども今のわたしには大事なキューティクルもぼさぼさに乱れてゆく女の命もどうでもよかった。まずは目の前の彼を、止めなくてはならない。

「……あの、晋助…」
「あ?」
「っ、のいて よぅ…」
「お前が俺の言った通りにすればなァ」

むり!むりだって!だって晋助のかおがこんなに近くて、息をするのもわすれちゃいそうなくらいどきどきしてるのに。お互いの吐息の温度が感じられるくらいには近い。
晋助の鼻は高いからほんのすこしでも動けばぶつかっちゃいそう。あああ鼻筋きれいかっこいい…ってちがう!ちがくないけど!今はそんなこと考えてる状況じゃないんだ、しっかりしてくれ自分。

戦の拠点とすこし離れたこの住処には、わたしたちだけでなく、銀時やヅラ、たくさんのひとたちが生活している。そのような環境下であるから、こういうこと は極力人目を忍びたいというのに。わたしたちが居るここは勝手口のとびらのすぐとなりで、いまこの瞬間もだれかが行き来しないかと気が気じゃない。晋助はこういうの見せつけたがりだけど、わたしは当然はずかしい。
晋助にかべまで追いつめられ、そのまま彼の両腕に囲まれたわたしはただちいさくなるばかり。腰を引いてすこし距離をとれば、その分晋助は接近してくるから余計に距離が縮まって意味がない。
あまりのはずかしさにかおを合わせることができなくなって、おろおろと泳がせた視線は晋助の胸元にとどまった。着崩した着物からのぞくきれいな鎖骨が、晋助の威圧感やら色っぽさを強調させてまたわたしをどきどきさせた。もうどうしろと。

「オイ」
「…はい」
「言え」
「…………」
「言えよ」

大声で怒鳴るわけでもなく、ゆっくりと、一言一句噛みくだくように言い聞かせるものだから余計こわい。もうわたしは無視を決めこむことにして、ぷいとそっぽをむいた。わたしのことを囲う晋助の腕を越したむこう側へ視線を投げ、地面の小石でも数えようとしたそのときだった。

「っ、ひ…!っあ、ぁ!」

ぞわり。そんな感覚が全身にめぐって、条件反射で鳥肌と、へんな声が出る。息を呑みおもわずぎゅっと目をつむってもなにが起きているのか分かった。

生あたたかいものが、晋助の 舌が、わたしの耳をいやらしく舐めている。しまった、かおを背けて耳を晋助の目前に晒したのは考え無しだった。

「や、やめ、っ、 やぁ…」

震える声音が一杯一杯になりながら訴える拒否のことばなんて晋助の耳にはきっと入っていない。晋助は片方の手をわたしのあたまに添えて、動かないようにと固定した。もう一方の手は、逃がさないといわんばかりに依然かべに置かれたまま。

お構いなしにどんどん舌は耳のなかに侵入して、丹念にうごくそれはくちゅりとやらしい音を鳴らし続けた。まるで生きものみたいに、こそばゆい感覚は速度こそゆっくりなもののわたしをじわりじわりと犯してゆく。

「晋助…!」
「…………」
「っぅぁ、や…!」
「…………」
「〜〜〜〜っ…!、す、すき!」
「…………」
「あ、いしてる…」
「、チッ」

晋助に命令………言われた通りにたどたどしくもそう告げると、舌打ちをならした晋助は明らかに不満そうな表情を浮かべ、しぶしぶとわたしから離れる。さっきまではあんなにたのしそうなかおしてたのに。わたしはやっと、溜まっていた息をどっと吐いた。

「〜〜っ、は、っ、はぁぁあ…!」
「なんだよ」
「だって!ああああんな、はずかしーことして…!」
「いつまでもガキだなテメェは」
「う〜!はらたつ! もう!もう!」

わたしなら、晋助にすきとか愛してるなんて言われてこんなに澄ましていられるはずがないのに。どうしてこうも余裕綽々なんだ。

けれども晋助は涙目のわたしのかおを覗きこむと、目をすこし見開いておどろいたような、滅多にみない表情を浮かべた。
めずらしく慌てたようすの晋助に肩を抱き寄せられる。ぽすんと押し付けられた胸元から、さっきまで好き勝手されていたわたしの耳に届いたのは、晋助のすこし早まった鼓動のおと。

訂正、晋助にだって余裕でいられないときもあるんだ。

「晋助、」
「銀時にも他のやつらにも、だれにもやらねぇ」

やきもちやきめ わたしには晋助だけなんだよ。こんなふうにどきどきするのも、さっきみたいなことも何されても受けいれるのは、晋助だけなんだから。

「優美」
「ん…?」
「……すきだ」
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -