Lust | ナノ

涙をぐっと堪えた顔すら、愛おしくてたまらない。
ここで笑ってはあまりにも不遜だろうとポーカーフェイスを装うが、峯は今にも笑い出しそうなのだった。
名前を覚える気すらなかった取引先の社長令嬢をエントランスまでエスコートし、彼女を見送った後、その彼女とすれ違って立ち尽くすなまえへと視線を投げかければ、なまえはそれを避けるようにくるりと峯に背を向けた。


「なまえ、」
「……」
「今のは取引先の社長令嬢ですよ。必要ないので名前は覚えてませんが…」
「…綺麗な、人でしたね」


背を向けたままのなまえにつかつかと近づくと、項垂れたなまえの綺麗な項がやたらと目に付いた。嗚呼、なまえの身体はどうあってもそそられる。そんなことばかりが峯の頭を占めてゆく。
無意識に両腕がなまえを抱きしめそうになったが、同時に峯の加虐心にも火が点いてしまう。もう少しだけ、拗ねて不安にかられて泣き出しそうななまえを堪能したい。
嫌味な奴だと自分の思考に苦笑しながらも、峯の足はなまえの一歩後ろで立ち止まる。
わざとらしくないように溜息をひとつ漏らしてみれば、俯いたままのなまえがびくりと身体を竦ませるのがなんとも言えず虚ろな心を満たしてゆく。


「綺麗、ですか…。俺にはよく判りませんが」
「モデルさんみたいに細くて、背も高くて、ドレスも…似合ってました」
「…それで?」
「……峯さんが…嬉しそうにしてたから…」
「なまえ、それは…嫉妬、ですか?」


ぐっと押し黙ったままのなまえに、堪えきれずに峯の口元がほくそ笑む。
あの社長令嬢を見送る時間に合わせて、なまえと待ち合わせをして良かったとすら思えてしまうあたり、やはりどこか歪んでいるのではないかと思わずには居られない。
自分がなまえの見知らぬ女をエスコートしている現場を目撃させたら、それでもなまえは仕事だからと割り切るだろうか。それとも妬いてくれるのだろうか。
それを確かめたくて敢えてそういう時間帯に待ち合わせたのだが、罪悪感よりも先に高揚感が込み上げた己の心境が、それでも峯にとっては普通のことだった。
わざと乱暴になまえの左肩を掴んで振り向かせても、なまえは顔を上げようとはせず。だからこそ泣かせてやりたいとすら思ってしまう己の欲望に、峯の心が段々と支配されてゆく。


「あんな派手な化粧の女、どこが綺麗なんです?」
「…でも、」
「仕事であれば、俺はどんな相手にだって楽しげな振りは出来ますよ」
「……」
「なまえは、俺を疑うんですか?」


ぐっとなまえの顎を掬って視線を無理矢理合わせると、一瞬かち合ったなまえの瞳はじわりと濡れ始めた。
無言のままですぐに視線を逸らしたなまえに再び大袈裟に溜息を零すと、一滴がなまえの頬を流れる。
嗚呼、その涙は俺の為だけに流れたものか。そう思うと、峯の中の満足感が一気に満ち溢れてゆく。


「貴女という人は…本当に仕方のない人だ」
「…ごめん、なさい…」
「俺が貴女以外の女性に興味がないと知っていながら、そうやって俺を惹きつける…」


伝い落ちてきた涙を親指で拭ってやりながら囁きかけると、ビックリしたといわんばかりに大きく見開いた瞳でなまえが峯を見つめていた。
パチパチと繰り返される瞬きに思わず噴出してしまうと、尚更なまえの表情は混乱してゆく。
自分がどれだけなまえしか見ていないか、どれだけなまえ以外に興味がないか、示す事のできるあらゆる手段で示してやりたいというのは本音だった。
そのために甘い声で手懐けた先ほどの社長令嬢を、なまえの目の前で惨いほどに裏切っても構わないとすら思っているのも、なまえには言えずとも本心なのである。


「俺には、なまえしか要りませんよ」
「峯さ…」
「嫉妬して泣くほど、俺の事を想ってくれてるんですか?」
「っ、も…そんな…」


嬉しいですよ、と低音が響く中、なまえの唇に峯の唇が重ねられた。
触れるだけで離れてしまう一瞬の口付けでも、十分すぎるほど峯の気持ちがなまえには伝わってくる。
混乱したまま、それでも峯の気持ちが己から逸れてしまったわけではないのだと判っただけでも、なまえにとっては力が抜けるほどの安堵感があった。
ぎゅっと胸を抑えながらふぅ、と長い吐息を漏らすなまえに、峯の両腕がそっと絡みつく。
貴女は本当に可愛い人だ。
抱きしめられた腕の中、なまえの耳を擽った峯の声に、照れくささ以上になまえは幸福感を覚えるのだった。

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