Lust | ナノ

陽が落ち始めた海岸沿いで、峯のスポーツカーの助手席に座ったなまえは、突然倒されたシートに驚きを隠せずにいた。
視界いっぱいに車の天井が広がったかと思うと、なまえを見下ろす峯の顔が急になまえの前へと接近した。
身体の脇に付いた峯の両腕に挟まれたまま、ゆっくりと峯の唇がなまえに触れる。
峯が窮屈そうに身体を動かすたびに、衣擦れの音がなまえの耳を刺激した。


「峯っ、さ…」
「…意外、でしたか?」


俺がこういう事をするのは。
唇が離れても尚、峯の整った顔はなまえの目の前に広がったまま。
少しだけ悩ましげに、苦しそうに寄せられた眉間の皺が、なまえにはどういう意味を持つのか判らなかった。
それでも峯の表情を目の当たりにするだけで、心臓が締め付けられるような苦しさを覚える事だけはいつもと変わらず。
先ほどまでは何の変哲もないドライブを楽しんでいたはずなのだが、この場所に車を停めてからというもの、峯の様子は確かにどこかいつもとは異なるものに変わっていた。


「なまえさん…」
「っは、い」
「…済みません、そんなに警戒させてしまってたんですね」


大丈夫ですよ、もう何もしませんから。
ふっと口元を緩めて笑って見せるものの、なまえの目に映った峯はどこか辛そうに見えた。
なまえに覆い被さるようにして伸ばされた峯の左手はシート脇の隙間に伸ばされ、身構えるなまえを余所になまえの身体はシートごと起こされた。
ドキドキと煩いほどに高鳴る心臓をあざ笑うかのように、峯はなまえに目もくれずに愛車のエンジンをかけた。


「あの…峯さん、」
「なんです?」
「っあ、の…こっち、向いてください…」


唇を離してからというもの、決して目を合わせようとしてくれなくなった峯に不安を覚えずにはいられない。
痛いほどの沈黙の中、エンジン音だけが鼓膜を震わせていた。
何一つ言葉を発してくれない峯に耐え切れずになまえが俯くと、膝の上でぎゅっと握られた拳の上に峯の大きな掌が重なった。
驚いて顔を上げると、視線の先には真っ直ぐになまえを捕らえる峯の瞳とかち合った。


「貴女と居ると、自分が自分でなくなりそうだ」
「峯、さん…」
「なまえ、俺は…貴女が欲しい」


峯の手に引き寄せられると、ぐらりと身体が傾いた。
頬が押し付けられたそこは峯のスーツの肩口で、なまえは己の頭を優しく撫でる峯の手の感覚を楽しむ余裕もないまま、ただ鼓動を高鳴らせていた。


「…場所を変えても構いませんか?」
「は、い…」
「じゃあ…俺の部屋に」


断るなら今のうちですよ、と耳元で告げる峯に、なまえは慌てて頭を大きく横に振った。
耳まで真っ赤に染めたなまえには峯の笑う吐息が掛かり、それだけで身体中に熱が駆け巡る。
名残惜しそうに身体を離されるとなまえは峯に愛おしそうな目で見つめられ、そのまま峯の唇が再度なまえにキスを送るのだった。

Knockin' on heaven's door

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