Lust | ナノ

手を離してしまえば、恐らく大吾は直ぐにでも東城会会長としての大吾に戻ってしまうだろう。
多忙な中、こうして二人で居られる時間を作ってくれた大吾に感謝しながらも、なまえは迫り来る別れの時間に切なさを感じずには居られない。
なまえが手を離し、いつものように黒塗りの車が大吾を迎えにくれば、なまえと居る時に気遣って着てくれていたこの白いダウンも、また直ぐにかっちりとしたスーツへと姿を変えてしまうことだろう。
名残惜しさを胸に抱きながら辿り着いた自宅前、なまえは無意識のうちに大吾の手を強く握り締めた。


「どうした、なまえ」
「あ…いえ」
「…お前は、いつもそうやって俺に遠慮するな」


大吾の言葉に慌てて顔を上げると、そこにはどこか寂しそうな表情を浮かべた大吾の姿があった。
言葉に詰まったままで大吾の視線を受け止めていると、繋いでいた手が大吾の方から離されてしまった。
突然の事に一気に不安が過ぎったなまえの心拍数は急激に速まり、それでもなまえは息を呑むことくらいしか出来ずに佇むばかりだった。


「なまえ…」
「っ、あ…」


一度離れてしまった大吾の手は、形を変え、今度はなまえの身体を包み込むようにして背中へと回された。
ふかふかしたダウンの感触が頬に触れたかと思うと、いつもの安心感のある大吾の香りが全身を包み込む。
頭の上に乗せられた大吾の顎がくすぐったくも愛しくもあり、なまえは突然満ちた安堵感に震える吐息を吐き出すだけで精一杯だった。


「お前には…いつも我慢を強いてばかりだな」
「そんな…違います、」
「いや…、我が儘のひとつも言わせてやれねぇのは、やっぱり俺の責任だ」


ぎゅう、と力強くなまえを抱きしめる大吾の腕に、途端になまえの胸には切なさが込み上げた。
大吾がくれる一言で、大吾の見せる仕草で、ころころと変わる心の変化こそが、大吾に対する想いの現れである。
大吾と居ることを我慢することだと思ったことはないという事を、なまえは大吾に判って欲しかった。


「なまえ…悪い。それでも俺は、お前に我慢を強いる事になっても…お前を手放せない」
「大吾、さん…」
「俺ばっかりが我が儘だよな…」


微かに緩んだ大吾の両腕。その合間になまえが顔を上げて大吾の表情を覗き込むと、その瞳はとても優しくなまえを見つめていた。
途端に大きく跳ねあがった鼓動は大吾に悟られてしまうのではないかと言うほど大きく響き、なまえは何も言えないままその視線を受け止めるばかりだった。


「なまえ、」
「っは、い…」
「寂しくなったら、いつでも連絡してくれ。遠慮なんてしなくていいから」


火照った頬の熱を感じながら頷くことで大吾に応えてみせるなまえに、そっと大吾の顔が迫る。
ふわりと重なり合った唇に思わず瞳を閉じると、大吾からは愛おしそうな溜息と共に何度も何度もキスが落とされた。
何度目かの口づけの後でようやく唇が解放されると、なまえは大吾の表情を窺う間もなく再び大吾の胸の中へと閉じ込められた。


「悪い、こんな所で…」
「そんな…、嬉しかったです」
「…それなら、良かった」


今度はもっと、ゆっくり逢えるように時間を作る。
離れ際、名残惜しげになまえの頬を撫でた大吾の指先の温もりを確かめながら、なまえは笑顔で大きく頷いて見せた。
もう一度だけ大吾の手を強く握り締めると、なまえはいってらっしゃいを大吾に送るのだった。

強がりさえも撃ち抜いて

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -