Lust | ナノ

自分の運の悪さに、なまえは心から泣きたくなった。
いかにも高級そうなぴかぴか黒塗りの車の前で、それほど高いヒールではないというのに、小走りだったなまえはぐにゃりと足を捻り転倒した。
もちろん単なる転倒であり、その黒塗りの高級車とは1mmたりとも接触はしていないのだ。
車の方は車の方で、停止からの動き出しということもあり、仮にぶつかっていたとしてもそのまま轢き潰されない限りはなまえに怪我のケの字も見つからなかったのは間違いないのだ。
だが、相手が相手ではそうはいかなかった。見るからに高級車から降りてきたのは見るからに普通の人ではなく、なまえはそんな彼らの姿に立ち上がることも忘れて竦みあがった。
誰の車にぶつかっとんねん姉ちゃん、とか、きっちり弁償してもらわなあかんなぁ、とか。なまえの耳に入る言葉は恐怖を一層煽る。
あまりの恐怖で地べたに倒れこんだまま口も開けずにいると、車の中からもう一人誰かが降りてきた音がなまえの耳に入った。


「えぇ加減にせぇよ!おどれらさっさと中、戻らんかい」


低くドスの利いた声が響き、なまえは今度こそもうダメだと思わず涙がこぼれる。
一番ボス的な存在の人が出てきたのは間違いなさそうで、なまえは声も出せないまま涙が頬を伝うのを感じるばかりだった。


「怪我してまへんか?…あぁ、泣かせてしもて…ホンマにすんまへん」


倒れこんだままのなまえを軽々と抱き起こしてくれたその人は、金髪で身体の厳つい人であった。
ほれ、と立たせてもらったのは良かったが、地に着いた左の足首に激しい痛みが襲い、なまえは泣き顔のまま痛みに顔を歪める。


「足ぐねったんやろ。歩かれへんのとちゃいますか?」
「ごめんなさい…私、ご迷惑をおかけしてしまって…。本当にどうお詫びしたら良いか…」

痛む足に堪え震える声で謝罪をし、深々と頭を下げようとしたところを、ぐいと大きな手に阻まれた。
詫びることなんかあれへん、ぶつかってへんのをウチのんが勝手に騒いだだけやねんから。そう告げた彼はその大きな手でなまえの頬に伝う涙を拭う。


「躾がなってへんかって、申し訳ないですわ。わしが代わってお詫びします」


なまえが先ほどしようとして止められた行為を、目の前の彼が代わりに行う。
どうして良いか判らずにおろおろと戸惑うだけのなまえに、彼は頭を上げた後でにっと口角を上げてなまえに笑いかけた。


「そんなに怖がらんといて下さい言うても、きっと無理でっしゃろ?わしはべっぴんさんには優しい男なんですわ。せやからそんなん固くならんでもええで。…ほんで、お姉さん名前はなんて?」
「あ、っの…なまえです……」
「わしは郷田龍司、言います。…なまえはん、こっからが本題なんやけど」


真顔に戻り再びぐっと頭を下げた龍司は、きっちり家まで送らせて下さいと真剣な声で告げた。
わし個人のお願いや、いち一般府民として頼んます。そう言った龍司はすっと頭を上げると、ヤクザモンが一般府民ちゅうのもおかしな話やな、と破顔した。
そんな龍司の笑顔に、なまえは思わず言葉をなくした。笑うと、意外と優しく見えたのだ。
意外な笑顔になまえにも余裕が戻り、龍司の言葉にも口元だけで笑うことが出来た。


「なんや、思ったとおりや。なまえはん、あんたわろた顔の方がべっぴんやなぁ」


ぽん、となまえの頭に手を乗せた龍司は、車を返してしまうとその足で薬局へ赴き自ら湿布薬を求め、戻ると今度はタクシーを拾ってそこまでなまえを担ぎ上げて運んでくれたのである。
やっぱり意外と良い人なのかもしれない。自分がそんな目で龍司を見ていることに、なまえはまだ気付いていない…。

一目で落ちる物語

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -