Lust | ナノ

ただいま、と呟きながら部屋に入ると、電気の消えた室内を真島は真っ先に寝室へと進んだ。
静かにドアを開けてベッドまで歩み寄れば、すやすやと眠るなまえの頬には涙の跡が残されていた。
そっとベッドサイドに腰を下ろし、革手袋を外した指先でその頬に触れると、なまえの身体が僅かに身じろいだ。


「なまえ…、」
「…ん」


囁くような声でなまえの名を呼べば、瞼の奥でなまえの瞳が揺れ動いたのが判った。
唇をなまえの耳元に寄せ、もう一度だけ名を呼ぶと、虚ろな瞳が真島に焦点を合わせようと瞬く様子が愛おしかった。
まだ寝惚けているのか、それでもするりと伸ばされた腕が己の首筋に縋り、なまえの元へと引き寄せられたのが真島には嬉しい事だった。


「また、泣いとったんか…?」
「まじ…ま、さん…」
「ん…?どないしたん」


なまえに抱きしめられながら感じる体温の高さに、真島は柄にもなく安心感を覚えた。
柔らかな髪に埋もれた鼻先を擽る甘く優しいなまえの香りに、自然と真島の口元には微かな笑みさえ浮かぶほどである。
優しい手つきで再び瞼を閉ざしたなまえの頭を何度も何度も撫でていると、消え入りそうなほど小さな声が真島の鼓膜を揺らす。


「いつか…、私…」
「ん…?」
「真島さんの、一番に…なりたい、な…」
「…なまえ、」


ずるりとなまえの両腕の力が抜けたかと思うと、すっかり眠りに就いてしまったなまえの薄らと開いた唇からは、穏やかな寝息が漏れ始めた。
なまえの口元に寄せていた耳を引き離し、身体を起こして改めてじっとなまえを見つめる真島の眉間には、本人も気づかぬうちに深々とした皺が刻まれていた。
暗がりにすっかり慣れた瞳には、先ほどよりもより鮮明になまえの頬に残った涙の跡が映し出されている。
やたらと感じる息苦しさにひとつ大きな溜息を漏らすと、真島は再度なまえの頭を撫で始めた。


「俺の一番は、お前しか居らんのやで…」


なまえが欲しいと思ったあの瞬間から、とっくに何よりも大切で何ものにも代え難い存在になっていたというのに。
先程まで己の首筋に縋り付いていた愛しいその両腕を布団の中にしまってやりながら、真島は心の中でポツリとそう呟いていた。
なまえが望む方法でこの思いを示すことができるのであれば、どんなことでもしてやるというのに。
もう一度零れた溜息は、こうして自分に隠れて涙を流すなまえへのもどかしさの表れでもあった。


「なまえにどないして見せたったらええんやろか…」


俺の頭ン中に、なまえしか居らんっちゅうことを…。
穏やかな寝顔には不釣合の涙の跡に暗い視線を落としながら、真島の口からは葛藤する思いが溢れ出す。
深呼吸をしながら一度ゆっくりと瞳を閉ざすと、真島は天井を仰ぎながら瞼を押し上げた。
じっと天井を見つめて気持ちを落ち着かせると、再度視線を落として眠るなまえを見つめた真島の顔が、今度は静かになまえの寝顔へと近づいた。


「なまえ、俺は…ホンマにお前を愛しとるんやで……」


薄らと開いたなまえの唇にそっとキスをすると、真島の唇は触れただけでそこから名残惜しげに離れていった。
それでもなまえの傍から身体を引き離すことが躊躇われ、気づけばまたしても真島の指先はなまえの柔らかな髪を梳いてしまう。
何度目かの溜息と共に蛇柄のジャケットを脱ぎ捨てると、革のパンツはそのままで真島はなまえの眠るベッドの中へと身体を滑り込ませた。


「今すぐはアカンかっても…せめて夢ン中では、笑っとってな」


なまえの額にキスをすると、真島はそのままなまえの身体を強く抱きしめた。
おやすみ、と眠るなまえに囁いたその声にたくさんの愛を込めながら、真島は静かに瞳を閉ざすのだった。

Diamond Dust

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