Lust | ナノ

唇が触れそうな距離で桐生が囁く声が、身体中を満たしていく。
あの時、彼は何と言ったのだろうか。
とても官能的な言葉をくれたと思ったのだ。身体が反応したから。
それがどんな言葉だったか、どうして覚えていなかったのだろうかと、寝起きのなまえは悔しさを覚える。
おはよう、と同じタイミングで目覚めた桐生におはようと応えると、なまえは小さく溜息をついた。


「なんだ、朝っぱらから」
「あの…桐生さんがね、キスしちゃいそうなくらい近くでドキッとすることを言ってくれた夢をみたんだけど…」
「…?」
「なんて言ったのか、肝心のところを忘れちゃったんです」


しゅん…と効果音がつきそうなくらい激しく落ち込むなまえに、桐生の口からは笑い声が漏れた。
ぽんぽんと頭を撫でるその仕草にもどことなく優しさがこもっていて、なまえは少し気恥ずかしさを覚えた。


「俺が普段そういう言葉を言わないから、わざわざ夢で見たのか?」
「そういうわけじゃ…!」
「違うのか?」
「私、桐生さんの傍に居られるだけで幸せですもん」


ふっ、と吐息で笑う桐生にどきりとした。やはり桐生はいつでも余裕たっぷりで、なまえは日に何度でも鼓動が高鳴るのだ。
叶うことなら、夢ではなく現実でも桐生の口から胸が高鳴るような言葉を聞きたいと思うこともあるが、彼の傍に居ると言葉が無くとも自分が大切に思われていることが判る。
だから、無理強いなどはする気がないのだ。夢の中だけで十分過ぎるほどである。


「お前の言う近くってのは…」


言葉が途切れたかと思うと、なまえの視界には桐生の顔が目いっぱいに広がっていた。
組み敷かれていると気付く前に、ぼんやりと桐生が滲む。


「これくらい近かった、ってことか?」
「…っ、」


桐生が話すだけで、吐息が届く。夢で見た光景さながら、ほんの僅かな差で唇が触れ合ってしまいそうだった。
あまりにも急な展開とデジャヴのような錯覚に、なまえは言葉が出ない。
触れ合っている額から急速に上がった体温を感じ取られてしまいそうで、なまえはとっさに瞳をきつく閉じた。


「…悪いな、気の利いた言葉の一つも言ってやれなくて」


桐生が少し離れた気配を感じて恐る恐る目を開けてみると、それでもまだ間近にある桐生の表情は僅かに思い煩ったようなものに変わっていた。
大きな手がなまえの頬を撫でる感覚に、やはり言葉が無くとも桐生の精一杯の気持ちが伝わってくる。


「やっぱり、覚えてなかったんじゃないみたいです」
「ん?」
「言葉なんてなくても、夢で見た以上にどきどきしちゃいましたから」


照れ笑いを隠すようになまえは起き上がろうとするも、桐生はなまえの上から退く気配がない。
あの、と声をかけて不思議に思いながら見上げると、ほんの一瞬だが桐生の唇がなまえのそれに重なった。


「き、桐生さん…っ」
「さて、そろそろ起きて支度するか」


すぐに背を向けてしまった桐生の表情は判らなかったが、そそくさと部屋を出てしまった桐生が照れていたであろうことは容易に想像がついた。
ちょん、と指先で桐生が触れた唇に触ってみると、きゅうと心臓が苦しくなるほど幸せな気持ちがこみ上げたのだった。

目を開けて見る夢

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