Lust | ナノ

ぽとりと足先に落とした煙草の吸殻を、革靴で強く踏みしめる。
くちゃくちゃに潰れたその吸殻は、真島の足元に僅かに山を作り始めた。
段々と冬の匂いが濃くなりつつあるというのに、真島のスタイルは赤いワイシャツに黒いネクタイ、濃いグレーのスーツという少しばかり寒々しい格好であった。
ふぅ、と一息溜め息を漏らすと、真島はフェンスに背中を預けて天を仰いだ。
秋の空は釣瓶落としというのは正にその通りで、つい30分の間に空はあっと言う間に暗くなり、真島の眼下に広がる世界は街灯で照らされ始めた。


「ホンマ、何やってんのやろなぁ…」


空を見つめたままで、思わずポツリと独り言が零れ落ちる。自分自身の行動が、意外すぎて面白いとさえ思えてきたのだ。
このとあるカフェの屋上で、一人煙草をふかしてからかれこれもう1時間になるだろうか。
ぼんやりと真下の通りを眺める事に飽き始めてからは、時間が経つのが酷く遅く感じられた。
はしゃぐ声ばかりが響き渡って、何度イライラさせられたか判らない。
それなのに性懲りもなくこの場所に1時間も居るだなんて、矢張り意外としか言いようがない。


「まだやろか…」


暗くなるにつれて、少しずつわくわくする気持ちを抑えられなくなり始める。
子どものようではあるのだが、嬉しい事は隠し切れないのだ。
時計を見れば、やっと待ち侘びた時刻を3分ほど過ぎていて、真島はいよいよ口角が緩むのが我慢できなかった。
スーツのジャケットの内ポケットが二度ほど振動したのを感じて慌ててポケットに手を入れると、真島の携帯電話には新着のメールが1通入っていた。
ひとつひとつボタンを押して画面を展開していくと、なまえからのメールには「今から直ぐに向かいます」という、とても簡潔な文章が一言だけ添えられていた。
あまり気の長い方ではない自分が、たった一人の女の為に1時間以上も外で待って居る事が、どうにも自分らしくない。


「さ、ってと…なまえチャンの職場からやったら、ココまで10分程度やろか」


身体を反転させ、背中を預けていたフェンスに両手を突いて真下を覗き込むと、なまえと待ち合わせていたカフェに人が入ってゆく様子が良く見えた。
なまえが到着したら直ぐに向かって、遅れてスマンとでも言おうか…。
そんな事を考えながらポケットを漁り、もう一服しようと真島はライターと煙草を手に取った。
だが、ポケットに入っていた煙草の箱は既に空っぽで、その殆どは真島の足元に踏み潰されたままの形で山を作っていた。


「…こないしたままやったら、なまえチャンに怒られてまうなぁ」


普段であれば、己の吸い終えた煙草の残骸になどこれっぽっちも意識が向かないはずだというのに、なまえの事を考えているといつもなら気にも留めない事にまで意識が向かう。
膝を曲げ、つま先の周りに散らばった吸殻をひとつひとつ指先で抓み上げると、真島は空の煙草の箱の中へとそれを一本一本を押し込み始めた。
いつの間にか、彼女ならどう思うだろうかとか、彼女ならどうするだろうかと考えながら己の行動を決めている自分が居る事が何だかおかしい。
だが、その柄にもない行動をして居る自分自身が、真島は嫌いではなかった。
一緒に居る時でも、離れている時でも、無意識のうちになまえを想っているという事実が、真島にとって楽しいような嬉しいような気持ちになれるのだ。
全ての吸殻を拾い上げて再び立ち上がると、真島は吸殻でパンパンになった煙草の箱をポケットに仕舞いこんだ。
そして再びフェンスに寄り掛かるように通りを行き交う人を覗き込むと、真島の唇からは再度溜め息が漏れた。


「早う来ェへんかなぁ、なまえチャン…」


寒い思いをして1時間以上待ち合わせ場所の屋上で彼女を待っているだなんて、本当に滑稽すぎるほど滑稽である。
先にカフェに入って待っていたって良いものを、なまえが己を待たせてしまったと思わせてしまうのは気が引けるのだ。
そういう考え方ひとつを取っても、なまえと出逢う以前の思考とはまるで異なる事が、真島自身も新鮮で楽しいとさえ思えていた。
彼女が来るのを待ち侘びながら、真島は頬を緩ませて行き交う人たちの中になまえの姿を探すのだった。
吸殻の数だけ愛してる

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