Lust | ナノ

最近なまえが良く谷村と一緒に居るのだと、風の噂で耳にした。
それがどうしたと言われればどうという事もないのだが、心なしか谷村に対する態度が素っ気ないような余所余所しいようなものに変わった事は、伊達自身も感じている事態だった。
父娘ほど、と言うほど離れては居ないのだが、それにしたって伊達となまえとの年齢差よりも谷村となまえとの年齢差の方が圧倒的に近い事は紛いのない事実である。
そんな二人が良く一緒に居ること事体には何一つ問題などないように思えるのだが、そんな気持ちとは裏腹にどうにも谷村に対する態度は平素のそれとは異なっている。
谷村には「最近俺への風当たり、強くないすか」なんて言われる始末であり、そんな指摘を受けてもささくれ立った心が伊達にいつもの接し方というものをさせてくれようとはしなかった。


「お待たせしました、伊達さん」
「ん、おお」


どこか上の空でなまえを待っていた伊達は、咥えているうちにすっかり灰になってしまった煙草を携帯灰皿へと押し込むと、じゃあ行くかと切り出してなまえを連れ立って歩き始めた。
一週間ほど前から「もし時間があれば」という条件付でなまえから食事の誘いを受けていたのだが、要らぬ噂話を耳にしてしまった後では柄にもなくドキドキしながら過ごしてきたこの数日間の気持ちが全て消え去ってしまいそうであった。
誰の物でもないのだから、なまえが己以外の誰かと食事をしようが何処かに出掛けようが口を出せるものではないし、口を出せるような立場にもないと言うのは当然ながら伊達も理解はしていた。
ただ、理解はしていても何故か心はスッキリしない。その理由は伊達には判らなかった。


「今日はどこに行くんだったか」
「今日は鉄板焼きのお店ですよ。おいしいお酒も置いてあるみたいです」
「…そうか」


何時ものように笑って見せたものの、何時ものような笑顔が出せたとは思えなかった。
何がそんなに引っ掛かっているのだろうか。自問自答を繰り返しても、伊達の胸の内に巣食う不透明な感情が何なのかは伊達自身には読み解くことが出来なかった。
隣でなまえがオススメのメニューは何だとか口コミの評価だとかを話しているようだったが、伊達の耳には届いているようで届いていないと言うのが現状だった。


「…伊達さん?お疲れ気味ですか?」
「ん?いや、そんな事はないが」
「でも、今日はずっとぼんやりしてるみたいですし…」
「なあ…谷村の奴とは、仲がいいのか」


俯き気味で肩を落としたなまえを目に、伊達の口からは慌てて否定するよりも先に自身も思いがけない言葉が飛び出していた。
己の言葉を受け、気落ちしていたはずのなまえがびくりと驚いたように顔を上げた様子が、伊達の目にはやけにスローモーションで映った。
何か聞いてはいけないことを聞いてしまったような罪悪感が一気に膨らみ、伊達はそこで漸く無意識だった意識が戻って来たような焦りにも似た感情を取り戻した。


「あ、いや…スマン。なんでもないんだ」
「いえ、その…。谷村さんにはいろいろと相談にのってもらってて…」


最近ちょっとお世話になってるんです。
そう言って繕い笑いを見せたなまえを目に、伊達は自分の胸が酷く痛みを覚えて居る事に気が付いた。
なまえの相談事に乗るのは自分だという自負があったのだろうか。そんな言い訳をしてみても、息苦しいような痛みは消えてはくれなかった。
澄んでいた水が泥水に変わってしまったような、はっきりとしない苦しさだけが心臓を圧迫しているような気になって、伊達は静かに溜め息を零した。


「変なことを聞いて悪かったな。…行くか」
「あ…はい」


敢えて力強くなまえの手を取ると、伊達は少しだけ早足でその手を引いて歩みを進めた。
誰からか追われていると言うわけでもないと言うのに、そうしなければなまえがだんだんと自分の知らない存在に変わってしまいそうな恐怖心に押しつぶされそうになる。
なまえが己の名を呼びかけている事に気付いていながらも、伊達は歩くスピードを落とすことが出来ぬまま人混みを進む事だけに忘我するばかりだった。
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