Lust | ナノ

ぱちりと目が覚めたなまえが最初に感じとったのは、暑苦しいほどの熱だった。
己の身体に絡みついたそれはどうやら渡瀬の両腕のようで、肝心の彼はというと豪快な寝息を立てていた。
渡瀬を起こさぬように静かにその腕を退けると、大の字になってひっくり返った渡瀬の胸板が呼吸に併せて上下するのが良く見える。
まだ外は薄暗く、夜明けは迫っているものの目を凝らさなければ部屋の様子は良く見えない状態だった。
それでも渡瀬の胸が上下するのが感じられたのは、近くに居る事で彼の呼吸を身近に感じとれていたからかもしれない。


「寝てると可愛いな、渡瀬さん」


油断しきった顔をして眠っている、なまえの目にはそう映った。
眠っている時まで緊張感に満ちた顔をして居る人など居ない事は判ってはいても、いつもしっかりとスーツを着込んでヘアスタイルも整えている印象が強いせいか、寝顔を見ているだけでもなまえには楽しかった。
たくさんの渡瀬の表情を見られることが、どこか嬉しいと思えてならない。
何時もは賑やかで、時々煩いくらいの声で喋ったり電話をして居る渡瀬も、眠ってしまえば子供のようである。
くすりと込み上げた笑みをそのまま外に出すと、なまえは規則的に膨らんでは萎む胸板に耳を寄せてみた。
とくん、とくんとゆったりとしたリズムで刻まれる鼓動の音が、酷く心地良く鼓膜を揺さぶる。


「好き…です、渡瀬さん」


肌蹴た素肌に寄せた耳は、渡瀬の体温で温かくなってゆく。
ゆっくりとした渡瀬の鼓動とは対照的に、なまえは自分の鼓動が少しずつ速さを増してゆくのを感じていた。
この音が、彼が生きて息をして居ることを確かに示しているんだという実感に包まれながら、己の鼓動が彼のそれにシンクロしてゆく事を夢想せずには居られない。
呼吸を合わせるように吸って、吐いて、頭が微かに上下するのを感じ取って、とくんとくんと鳴り響く脈動を聞いて。
ただそれだけのことで、なまえは胸が締め付けられるほどの苦しさと切なさを覚えた。


「っ、あ…」


多分、渡瀬は寝惚けていたのだろう。
彼の心臓の上に乗せられていたなまえの頭に、渡瀬の右手が不意に触れて、まるでその場に留めるかのように力が増した。
包み込むように触れる渡瀬の指先が、くしゃりとなまえの髪を柔らかく握り締める。
寝息も心音も相変わらずのゆっくりとしたものであるから、渡瀬が眠っているのは疑いようのない事実だというのに、なまえにはまるで渡瀬が自らの意思で己の頭を撫でてくれたように思えて嬉しさが込み上げた。
無意識の仕草に込められた優しさが何故か突然なまえの涙腺を緩め、瞳を瞬かせると同時にポロリと一滴が渡瀬の胸板へと伝い落ちていった。


「も…寝惚けてこんなの、ズルい」
「阿呆、寝惚けてへんわ」
「えっ…?」


頭を上げようにも、押さえられたなまえの頭部は渡瀬の胸板に押し当てられたままで動かせそうもない。
視線だけを何とか渡瀬の方へと向けてみれば、今度は彼の左手もなまえの頭を包み込んだ。


「一人で泣かんとき」
「渡瀬さ…」
「も少し寝ぇ」
「、はい」


渡瀬の胸の上に抱き締められたまま、なまえは静かに瞳を閉ざす。
相変わらずとくんとくんとゆっくりとした鼓動の音に耳を済ませていると、いつの間にか己の鼓動も彼のそれと重なり合おうとするかのように少しずつ速度が落ちてゆく。
深い呼吸を繰り返し、なまえが眠りに落ちる直前。
渡瀬の鼓動となまえの鼓動がぴたりと重なり合っていた事に、二人は気付くことなく深い眠りの中へと落ちていた。
ふたつの鼓動

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