Lust | ナノ

渡瀬の居ない部屋は、酷く静かで酷く寂しかった。
ひとりでは広すぎる渡瀬の自宅は、家主が居ないというそれだけであまりにも閑散として見える。
そもそもあまり物がない為でもあるのだが、それにしたって二人で居る時には感じる事のなかった孤独感がなまえを襲う。
帰りが遅いのは前々から判ってはいたが、それでも渡瀬は此処で己の帰りを待っていて欲しいとなまえに告げた。
だから言われた通りに手渡された合鍵で彼の部屋で帰りを待っているのだが、いつになるのかも判らない帰宅を待つのは矢張り寂しいものがあった。


「まだ…かなぁ」


一人ぼっちの寂しさを紛らわすためにつけたテレビから流れる音に紛れて、なまえの呟きは消える。
最早煩いだけのノイズと化したテレビから響く笑い声が、一層なまえの虚しさを書き立てた。
二人で座っても大きすぎるソファに膝を抱えて座り込むと、なまえはそのまま柔らかなソファへ身体を横倒しに沈めた。
そのまま少しだけ目を閉じたつもりだったのだが、いつの間にか少しだけまどろんでいたらしい。
なまえとしては意識が途切れたのはほんの10分程度だと思っていたのだが、時計は先程目を閉ざしてから2時間近く進んでいたようであった。
目を開けたとき、つけたままにしてあった明かりでなまえは少しだけ目の奥に痛みを感じて身じろいだ。


「あ…」
「おう、もう起きたんか?」


視線を移した先、なまえのちょうど頭の位置には見慣れたストライプの入った白いスーツが目に入った。
右手に持ったグラスの中には氷と共に茶色い液体が揺らめいていて、渡瀬はそのグラスを傍らのサイドテーブルへとことりと音を立てて置いた。
なまえの縮こまった身体には、スーツのジャケットが包み込むように掛けられている。


「渡瀬、さん…」
「お…?」


のそりとなまえが身体を起こすと、それまでなまえを包み込んでいた白のジャケットが足元を滑り落ちてフローリングの上へと沈む。
嗚呼、やっと帰ってきてくれたんだ。
なまえの頭の中を占めるのはその事だけで、少しだけ寝惚けた頭のまま、なまえはソファに膝立ちになると傍らに座っていた渡瀬めがけて両手を伸ばした。
縋るように抱きつけば、同じように渡瀬の両手もなまえの背中へと回される。首筋に埋もれた鼻先に香った渡瀬の煙草の残り香に、なまえの胸が苦しいほどに締め付けられた。


「何や、随分積極的やないか」
「…そういうんじゃ、」
「嗚呼、判っとるて」


背中に回された渡瀬の両腕が、僅かに力を増す。
渡瀬が触れる部分が全て熱を孕んでいるのは、恐らくアルコールのせいだけではないだろう。
肩口に押し付けられていた渡瀬の唇が、ふっと小さく笑ったかと思うと、そのまま彼はすう…と大きくなまえの纏う香りを吸い込んだ。


「なまえは健気やなぁ…堪らんようになるわ」
「っ、渡瀬…さ、」
「どや、もう目ぇは覚めたんか?」


少しだけ身体を離されると、柔らかな目をした渡瀬の瞳と視線がかち合う。
なまえが小さく頷いてみせると、渡瀬は嬉しそうに口元を緩めながら2、3度なまえの頭を撫でた。その手が、なまえには酷く安心感を与えてくれた。


「明日も早いんちゃうか?」
「そう、ですけど…」
「ほんなら、」


今日はお預けやなぁ。
くつくつと楽しそうに笑う渡瀬に、なまえは唇をきつく結ぶ。判っていながら揶う渡瀬に、少しだけ拗ねたくもなる。
一人ぼっちの部屋に足りなかった渡瀬の香りに心地良さを覚えながら、なまえはねだるようにそっと渡瀬の胸元へと擦り寄った。
香りの記憶

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