Lust | ナノ

馬場茂樹という男に対して、これまで怖いと思ったことは一度もなかった。
人を殺めた事があると言っていたが、なまえへの接し方だけを見ている分には馬場はどこにでも居るような普通の男性となんら変わりがない。
特別穿った感情を持っているようでもなければ、特段強い残虐性をもっているとも思えない。ごく普通で、それで居てごく優しい人であるとなまえには感じられる存在だった。
だから今、ベッドに沈んだ己の身体の上に圧し掛かる彼の目と視線が重なった時、なまえは今までにないような恐怖心が浮かんだのを全身に感じていた。
全身くまなく唇を寄せて舌を這わせる馬場の目は、幾日も飲まず喰わずで餓えに餓えきった獣のような鈍い色を含んでいるような気がしたからだ。


「馬場、さ…っ」
「なまえさん…もう、」


この人の手に掛かったら、肉は愚か骨までも喰われてしまいそうだ。そんな思いがなまえの恐怖を掻き立てる。
身体を愛撫する指先が乱暴なわけではない。寧ろ、全ての感触をじっくりと味わうように優しく丁寧に、そして時間を掛けてなまえの中心へと熱を纏わせる繊細さがあった。
多分、怖いのはその丁寧すぎるほど丁寧な愛撫とは真逆の熱を孕んだ彼の目が怖いのだ。どこか虚ろなくせに激しい熱を帯びているかのような目が。


「っ、ん…」
「なまえ、っ…あ、」


耳元で呼ばれた自身の名ですら、馬場の声によってどこか厭らしい響きを孕んだ気がした。
それと同時になまえの中にゆっくりと押し込まれた熱杭の圧迫感で、なまえは一瞬息が止まりそのまま何度か膣壁が痙攣するのを感じとった。
深々と中に収められただけでも背筋を駆け上がるような震えが起こり、自然と馬場の其れを圧迫してしまった事が後から後から羞恥心を孕んでなまえを蝕む。
薄膜を隔てているというのに、気が遠くなりそうなくらいの快楽がなまえを襲う。


「可愛い…中、締まりましたよ」
「や、だ…っ」
「このままずっと、こうしていたいです…」


繋がり合ったままでぎゅっと強くなまえを抱き締める馬場は、彼女の肩口に顔を埋めたままで静かに吐息を吐き出した。
震える空気がなまえの耳を擽り、その微かな刺激にすらも身体がびくりと反応してしまうのがなまえには恥かしくてならなかった。
身を捩って馬場の吐息を逃れようとすれば、彼はくすりと小さな笑みを零して緩々と律動を始めた。


「ねぇ、なまえさん…」
「っん…んん、」
「なまえさんの身体は全部、俺だけのものですよね?」


上半身を起こし、なまえを見下ろす馬場の目がすっと細められる。
眉間に寄せられた皺が苦しげでもあり悩ましげでもあり、視線を絡め取られたなまえは彼の表情ひとつで身体が高揚していくのが感じられた。
決して乱暴ではなく、激しいだけでもないピストンになまえは頭が眩む。こんなにも物欲しそうな目をしておきながら、馬場が丁寧すぎるほど丁寧に触れるのがもどかしいとすら感じるほどだった。
シーツを握り締めていた手はいつの間にか解かれ、馬場と指を絡め合いながら手を繋いでいる。


「馬場さ、ん…も、」
「そんなに物欲しそうな顔、しないでくださいよ…」
「っ、そん…なこと、っ」


口角を上げて笑った馬場の笑顔に言い返す暇もなく、急激に速度を増したピストンでなまえの口から漏れるのは最早喘ぎ声だけだった。
物欲しそうな顔をしていたのは馬場の方なのに…そう思う反面、緩慢な動きから一転して激しさを帯びた行為に脳髄が溶け落ちそうなほどの快楽を覚えたのもまた事実だった。
繋ぎ合っていた馬場の手を解いて坊主頭の後ろ側に両手を伸ばすと、なまえは縋りつくように馬場を抱き締めた。


「なまえさん…」
「ん、っあ…」
「俺が欲しいって…もっと欲しいって言ってください…」
「馬場、さ…っ、」


貴女に求められる実感が欲しいんだ…。
震える声で囁かれた言葉に、なまえの心臓が痛む。彼に対して覚えた恐怖は本当は恐怖ではなく、馬場を求めて止まない己の止まらない気持ちへの戸惑いであったのだと気付かされる。
馬場なしでは立ち行かなくなってしまう程に愛しいと思ってしまったから、馬場の目がそれと同じ思いを秘めているような気がしたから、だから怖いと思ったのかもしれない。
どこまでも馬場茂樹という人に心を奪われてしまいそうだったから。
もう馬場さんしか欲しくないと消え入りそうな声で答えたなまえの視線の先には、泣き出してしまうのではないかと思うほど切なげに眉を顰めた馬場の表情があった。
それが嬉しさゆえにどうしたら良いか判らない、という意味合いを持つ表情だという事をなまえが知るのは、彼がなまえの中で爆ぜた後だった。
der Kannibalismus

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