Lust | ナノ

ちらりと視線を投げかけた先には、なまえの後頭部が映る。嬉しそうな彼女の声音が響く狭い車内であるにも関わらず、その表情が窺えないのが峯にとっては不満であった。
彼女が喜ぶ姿を見られることは嬉しいが、先ほどからなまえは余所見ばかりである。


「(余所見、ではないのか…)」


ドライブという性質上、景色を眺めるなまえの姿は決して余所見をしているとは言い難い。それは峯にも判っては居るのだ。
彼女は正しくドライブを満喫していると言って良いのだ。それ以上にこんなにも楽しんでくれているのは峯にとっても喜ばしいと言える事である。


「綺麗ですねー。こんな風に真夜中にドライブなんて、なんだかわくわくします」
「それは…良かったですね」


2時間程しか時間は取れなかったし深夜を迎えようという非常識な時間ではあったものの、久しくなまえとの時間を取れて居なかった峯としてはたった数時間の逢瀬も貴重なものだった。
直ぐにでもなまえを抱き締めて、彼女の温もりと愛しい人の香りに包まれたいと願っていたと言うのに、なまえはと言うとその少ない時間でドライブデートをしたいと言い出したのだ。
首都高に乗ってからと言うもの、なまえの視線はネオン輝く窓の外の景色に奪われたまま。峯の視界の端に映るのはその後頭部だけなのだ。


「…飽きませんか?」
「全然飽きませんよ」
「…そうですか」


代わり映えしない景色など、いつまでも眺めていたところでやはり代わり映えはしないのだ。
吐き出したくなる溜め息をぐっと飲み込むと、峯は首都高を降りて明かりの少ない場所を走る。
だが、どんな道を選んで走ろうともなまえの視線は一向に峯に向けられる気配はなく、いつまで経っても窓の外の景色にばかり注がれていた。
暫く無言のままで車を走らせ、漸く辿り着いた埠頭は、疎らな外灯がぽつぽつと燈り薄暗く、人気もまったくなかった。


「なまえさん、」
「真っ暗ですねー…何も見えません」
「…なまえ」


エンジンを切った車内。やっと向き合って話が出来ると思っていたというのに、助手席のなまえは相変わらず窓の外ばかりに気を取られているようだった。
苛立ち交じりに無理矢理なまえの肩を掴んで振り向かせると、少しだけ驚いたような顔をしながらなまえがぱちぱちと瞬きを繰り返す。


「いい加減、こっちを向いたらどうです」
「…ごめんなさい」
「久々に時間が取れたというのに…」


そこまで捲くし立てて、峯は言葉に詰まる。くだらない嫉妬で喚き散らしている己の大人気なさに呆れたというのもあったが、やたらと気恥ずかしそうにもじもじと落ち着きない視線を投げかけるなまえに疑問が湧いたのだ。
言葉と止めてそっとなまえの頬へと指先を伸ばすと、案の定なまえはびくんと過剰なほどの反応を見せて弾かれたように峯の視線を逃れた。


「なまえ…?」
「っ、ごめんなさい…」


峯さんに逢えるの久しぶりだったから…緊張しちゃって…。
消え入りそうなほどか細い声で囁いたなまえの頬は、目に見えて判るほどに朱が差していた。その様が愛おしくて、先ほどまで胸に巣食っていた不愉快な気持ちはいつの間にか消え去っていた。
知らず知らずのうちに、峯の口角が緩やかに釣り上がって行く。不愉快さの消えた胸中には、自然と幸せな気持ちが満ちていた。


「仕方のない人だ…」
「っ、ん…」


そっとなまえの顎を持ち上げると、微かに上向いた彼女の唇に触れるだけのキスを落とす。
離れてしまうのが名残惜しくて、唇を離しても互いの鼻先が触れ合うほど近くで峯はほんの少しだけ笑った。


「あんまり俺を、妬かせないでください」
「峯、さ…」
「さっきから俺はずっと…」


あんたの視線が欲しくて堪らなかったんだ。
eyeless

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