Lust | ナノ

いつもは素直で聞き分けの良いなまえが、珍しく拗ねていた。
その姿を目にして、柏木は改めて今まで自分が彼女に対して我が儘を強いていたのだと自覚させられた。
随分と己の仕事の都合に合せて振り回してきた。短くはない付き合いの中でその自覚が段々と薄れ、いつしか彼女の好意を「当たり前」だと勘違いしていたようである。
よくよく思い返してみれば、なまえが楽しみにしていた花見もしていない。デートらしいデートも、ここ4,5回で土壇場で反故にしてしまっていた。
忙しさにかまけて彼女に甘えるだけ甘え、感謝こそすれ彼女のためになるような事をしてやれて居なかった己を今さらになって柏木は恥じていた。


「なまえ、」
「……」
「なまえ、悪かった」


膝を抱え、額を抱き抱えた膝の上に乗せて小さく縮こまったままのなまえの傍へと膝を付くも、何故か抱き締めてやるのは違うような気がした。
許しを乞う立場の分際で我慢ばかりさせてきた彼女を抱き締めるだなんて、何だかおこがましく感じられたのだ。
静かな声で柔らかな髪に隠れた耳元へ謝罪の言葉を述べるも、なまえからの返事は未だない。
いつも笑顔で「お仕事ですから仕方ないですよ」と己の都合を聞き入れてくれていたなまえに対し、遅すぎるほどの後悔が柏木の胸に広がってゆく。


「俺の顔も見たくなけりゃ、そのままでもいいから聞いてくれ」


なまえの背中に寄り掛かるように柏木も腰を下ろすと、背中合わせにくっ付きあったそこには互いの温もりが伝う。
突然背中に感じた柏木の気配に驚いたのか、なまえの身体が一瞬びくりと竦んだのが柏木にも感じられた。


「お前の事を蔑ろにしてたわけじゃねぇんだ…」
「……」
「ただ…お前にちょっと、甘えすぎてたようだ」
「…そんな、こと…」


小さな声が柏木の言葉を否定する。
その通りだと、甘えすぎだと強く自分を非難することがない彼女のそういう姿が好きだったんだな、と柏木は密かに口元を綻ばせていた。


「今日は早く帰ってくる」
「……」
「お前さえ良ければ、今夜は先に寝ないで待っていてくれ」


…駄目か?
首だけで振り返りながらなまえの様子を窺ってみれば、抱えた膝の上で小さく何度も頭を振る姿が目に入る。
その振動と共に伝わる背中の温もりに、柏木の唇からは安堵の溜め息が零れた。
背中を離し、身体を反転させると、柏木は漸くなまえの背中を抱き締めるために両腕を伸ばす事が出来た。


「なまえ、我慢させてばっかりになっちまって…本当に悪かった」
「…いいんです。…子供みたいな事して、ごめんなさい」
「馬鹿だな、お前が謝ってどうするんだ」


小さな身体を包み込みながらなまえからの謝罪の言葉に思わずくすりと笑みを零すと、やっと顔を上げてくれたなまえが振り返った。
伏せられたままの瞳を縁取る彼女の睫毛が少しだけ濡れていて、思いがけず跳ね上がった心臓と共に柏木は一瞬息を呑んだ。


「なまえ…」
「…っ、あ」


柔らかな唇の感触に、今すぐなまえを抱きたいと言う衝動が柏木に襲い掛かった。
溢れ出しそうな感情を無理矢理押さえつけて唇を離すと、柏木の両腕は一層強くなまえを抱き締める。
続きは今夜な、となまえの耳元で囁けば、小さく頷いた彼女の髪が柏木の頬を擽るのだった。
背中のぬくもり

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