Lust | ナノ

好きなのか嫌いなのか、己の心をはっきりと線引きするのであれば、矢張りなまえに対する感情は「好き」に分類されるのだろう。
ただ、その「好き」がいわゆる男女の恋愛を謳う「好き」かと問われれば、伊達はその辺りを明確に区別する事は出来なかった。
可愛らしい女だとは思う。が、絶世の美女かと言われれば、彼女は別にそんなことはないだろう。
どこにでもありそうな、至って普通の平凡な女性なのだ。何かが突出して優れている訳ではない、と思っている。
それでも好感が持てるのは間違いない事で、うぬぼれではなく感じとれる彼女からの自分自身へ向けられる「好意」が純粋に嬉しいとも思えるのは紛いもない事実だった。


「なんだかな…」
「どうしたんですか、そんな溜め息なんか吐いちゃって」


空っぽのグラスの中でカランと音を立てるアイスボールを弄ぶ伊達に、物珍しそうな好奇の瞳を向ける谷村が問いかける。
最近溜め息多くないですか?とグラスに残ったアルコールをグイッとひと呑みしながら呑気に問う谷村に、伊達は陰鬱な溜め息が漏れるのを止められなかった。
心の内に巣食う悩みを誰かに相談したい気持ちはあるものの、どうにも谷村が相手と言うのは本意ではない。


「そりゃあ溜め息くらい、たまには吐いたっていいだろうよ」
「またまた…たまにじゃないから聞いてるんじゃないですか」


ま、大方なまえさんの事なんでしょうけどね。
カウンターに並べられたつまみのナッツを2,3個摘み上げながら、谷村が物知り顔でポツリと呟いた言葉がどきりと伊達の心臓を跳ね上げる。
コイツは一体何をどこまで知っているのだろうかと、嫌な汗が急激に全身に吹き出した。


「なまえが…なんだってんだよ」
「や、なまえさんに好意的に思われてどうしたもんかなぁって悩んでたんじゃないんですか?」


俺はてっきりそう思ってましたけど?
もぐもぐとナッツを頬張りながら訊ねる谷村の言葉を耳に、堪らず伊達はギッと鋭いひと睨みを利かせる。
が、そんなものが効果があるとは思えないという事はもちろん判っていた。寧ろ図星であると認めたようなものである。


「伊達さん娘さんが居るし、いいオッサンだし…悩む気持ちも判りますけどね。でも俺もですけど、みんな羨ましいって言ってますよ?あとは、なんで伊達さんなんだ?って」
「…お前なぁ、」


言いたい放題の谷村に一言言い返そうと口を開いた途端、カウンターの上に置きっぱなしにしていた携帯電話が無機質に振動した。
メールの差出人がなまえだと告げるディスプレイに、再び伊達の心臓がひとつ音を立てた。
谷村の様子を探るように横目でチラリと視線を投げかけてみると、当の本人はまるで興味などなさそうに酒とナッツを交互に口に含むばかりであった。
無駄な咳払いをひとつ落としてメールの本文を確認してみれば、なまえからは「お仕事終わりましたか?」というシンプルな文面が届いていた。


「ねぇ伊達さん」
「な、なんだよ…」
「俺なんかとむさ苦しく呑んでないで、デートくらいすりゃあいいんじゃないですか?」


なんなら俺がなまえさんに代わりに返信してあげましょうか?
ニヤニヤしながら伊達の携帯に手を伸ばそうとする谷村に「うるせぇ!」と一言咆えると、伊達は草臥れたコートを腕に掛けて席を立った。


「今日はここ、お前のおごりだからな」
「はぁ?なんでそうなるんですか…」
「お前に金使うなんてもったいねぇ事出来るかよ。大体な、ペラペラと余計な事をくっちゃべった罰だと思え」
「…はいはい」


楽しんできてくださいね、デート。
店を後にする伊達に背を向けたまま手を振る谷村の姿が、いちいち小憎らしい。
馬鹿野郎が…と悪態を吐きながらも、伊達の心は既になまえの元へと向かっているのだった。
溺れる魚

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