眠りに就いてから数時間、突然の来客を告げる呼び鈴の音になまえはどきりと大きな音を立てた心臓と共に跳ね起きた。
薄暗い寝室で目を凝らして時計を確認すると、時刻は25時を回っていた。
こんな時間に一体誰が訪ねて来たんだろうかと不安な気持ちを抱えながら恐る恐るベッドを抜け出してインターフォンのモニターを確認したなまえは思わず声を上げてしまう。
「っ、え…?」
小さなモニターに映し出されていたのは、不機嫌な顔でどこか遠くを見つめる峯の横顔だった。
合鍵は持っているはずなのに何故、という疑問と共に眠気が一気に覚めた身体は慌てて玄関へと動き出し、不器用な動きでガチャリと開錠すれば、僅かに開いたドアの隙間からは見慣れたダークブラウンのスーツが覗いた。
「峯さん?あの、」
こんな時間にどうしたんですか?
そう尋ねる前に、玄関先に押し入った峯によってなまえは肩を鷲掴みにされる。
驚いている暇もないままに背中が壁に押し付けられたかと思うと、いつもよりも濃い煙草の香りが鼻についた。
「っ、ん…ん、」
無言のままで峯から与えられた乱暴な口づけに、堪らずなまえの身体が強張る。
ほんのりと舌先を伝ってアルコールの味が移され、ぐちゃぐちゃと無遠慮に咥内を掻き回される感覚に息が詰まった。
峯の身体を押し退けようと伸ばしたはずの両手も軽々と押さえつけられ、背中も両手も今や壁に押し付けられるような状態だった。
「ん、っあ…」
口づけながら一言たりとも発しようとしない峯に、なまえの中に恐怖心が膨らみ始める。
峯のものだけではない煙草の強い残り香も、舌先に残るアルコールの味も、どことなく不快感を植え付けるのだ。
恐らく今日は峯自身も不快な事があったからこそ、いつもより強い煙草の香りやアルコールを摂取したのだろうという事は容易に想像がついたが、それでも普段とは違う峯の姿はどこか他人のようだった。
乱雑な手つきで口づけと同時に身体を弄ろうと指を這わせ始めた峯に耐え切れずに身じろぎながら抵抗すると、今度は途端に今までの拘束が嘘のように解き放たれた。
「っ、峯さ…」
「……」
「あ…、やだ…っ」
なまえを解放するや否やくるりと背を向けて玄関を出ようとする峯の背中に、なまえは堪らず手を伸ばした。
帰らないで…。
か細く囁いた声とぎゅっとスーツを握り締めた指を、峯は一体どんな気持ちで受け止めているのだろうかとなまえの胸に不安が過ぎる。
自ら峯に抗っておきながら、帰ろうとする彼に縋った自分をどう思っただろうかと考えだしたら途端になまえは怖くなった。
「峯さん…帰っちゃ嫌」
「…何故です?」
俺はさっき、無理矢理あんたを抱こうとしたって言うのに…。
なまえの方を見ようともせず告げられた言葉を耳に、なまえはそっと峯の背中に頬を寄せると両腕を回してそのまま彼に抱きついた。
ほんの少しだけ息を呑むように竦んだ峯の反応が、何故かやたらと切なかった。
「今日は嫌なこと、あったんですか?」
「…そうだとしても…言い訳にはならない」
「でも…」
私、峯さんが辛そうなのは嫌です…。
彼が離れてしまわないように抱き縋る腕に力を込めると、なまえの手に峯の手がそっと重ねられた。
「貴女と言う人は…どこまで俺の心を奪う気なんです?」
少しだけほっとしたような声音で囁いた峯が、気づけば身体を捩って背中にへばり付くなまえを見つめていた。
それが嬉しくて一層強く峯を抱きしめると、なまえはそれだけで胸いっぱいの幸せを満喫出来たのだった。
この手で全てを包めるように