Lust | ナノ

その感情に名を付けるとすれば、それは不安だった。
何に対する不安なのかは谷村自身も定かではなかったが、突然沸き起こったそれは、愛しい人をより一層愛しいと思わせるには十分過ぎる効果を持っていた。
一秒たりとも離れて居たくない、少しでも多くなまえの存在を確かめていたい。
谷村の心の内は、突然の感情に飲み込まれるように谷村の心臓を締め付けた。


「なまえ、」
「っ、え…?谷村さん…?」


送っていただいてありがとうございます。
そう言ってにこりと笑った後で、くるりと反転した背中。
何故か急になまえが遠くに行ってしまいそうな感覚に襲われて、谷村はなまえを抱き止めずには居られなかった。
華奢な肩に埋めた鼻先にかかる柔らかな髪の毛。優しい香りも温かな温もりも、谷村は全て感じとりたくて両腕に力を込める。


「どうしようもなく、なまえが好きだ…」
「…谷村さん」
「この手を離すのが…怖い」


出来る事なら振り返らないで欲しいと、谷村は心の中で思った。
こんな情けない顔をなまえに見られるのは、どうしても嫌だったからだ。
そんな気持ちとは裏腹に、しっかりとなまえの顔を見つめてあの柔らかな唇を堪能したいという思いも同時に沸き上がる。
相反する感情に振り回され、自分で自分を御せない事が谷村には何よりももどかしくて苛立ちすらも覚えるほどであった。
今日はどうしたんですか、と。いつもの谷村さんじゃないみたいですね、と。
この女々しく情けない姿を目に、なまえがそんな言葉を告げるのではないかという新たな不安すらも谷村の中に芽生えてしまう。


「…ゴメン。なんかおかしいよな、俺」
「そんな、」
「いや、変だろ…こんな事言う俺なんてさ」


自嘲気味に笑いながらなまえを抱き締める手を緩めると、谷村の目には再びくるりと反転したなまえが真正面を向いた姿が映し出される。
一体どんな顔をして向き合ったら良いものかと、谷村はバツが悪くて仕方がなかった。
それでも、伸ばされた細い指先が自身の頬に触れると、気恥ずかしさが消え去ってゆく。
嬉しそうに愛おしそうに谷村を見つめる瞳と、同じくらい丁寧に優しく己の頬を包み込んでゆく指先が、谷村の心に安堵を呼び起こす。


「こんな風に言葉にしてもらう事って今までなかったから…」
「…うん、」
「だからすごく…嬉しかったです」


なまえの手で包まれた頬がそっと引き寄せられると、少しだけ背伸びをしたなまえがとん、と唇に触れるだけのキスを落とした。
一瞬のうちに地を離れていたなまえの踵が元に戻ると、はにかんだ彼女の笑顔が谷村には眩しく見えた。
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