Lust | ナノ

ぼんやりとマグカップを両手で包み込んだまま心ここに在らずのなまえを脇から覗き込むと、びっくりしたのか、なまえは弾けるように身体を竦ませた後でぱちぱちと大きく二回瞬きをした。
もうすっかり湯気の立ち消えたカップの中の紅茶がちゃぷ、と波を立てたのを見つめながら、なまえは小さく溜息を吐いた。
どうやらなまえは相当落ち込んでいるらしい。秋山はなまえの様子を目に、思わず苦笑いが浮かぶ。


「なまえちゃん、そんなに思いつめなくても良いんじゃない?」
「そう…ですね」
「城戸ちゃんだってさ、谷村くんと名前間違えられた事くらいもう気にしてないよ」
「…だと、良いんですけど…ずっと間違えて名前呼んでたので…」


秋山から視線を外したなまえの目線が、再び手元のマグカップへと落ちてゆく。
はぁ…と今日何度目になるか判らない溜息を耳に、いよいよ秋山にも気鬱な溜息が移ってしまう。
もう冷めてしまった紅茶の入ったマグカップをなまえの手から奪ってテーブルの上へと置いてしまうと、秋山は無言のままでなまえを抱きしめた。


「あのさぁ、そろそろ俺の事も考えてよ」
「…あの、」
「俺と一緒に居るのに、いつまで城戸ちゃんの事ばっかり考えてるわけ?」
「そんな、つもりじゃ…」


ふう…となまえの耳元で溜息を吐いてするりと手を離すと、途端に不安げな表情で振り返るなまえに頬が緩みそうになった。
敢えて厳しい表情のままなまえから離れようとすれば、遠慮がちに秋山の手を掴んで引き止める彼女の仕草が胸を温かくさせる。
意地悪をしている自覚はあるものの、自分だけに向けられたなまえの表情を前にしては、優越感に浸っていたいという気持ちを抑えることは出来なかった。


「っ、き…やま、さん」
「…何」
「も…、こっち…向いてください」


すっかり悲しそうに伏せられたまつ毛が、可愛くて仕方がない。
不機嫌を装って被っていたはずの面ですら、なまえの前では直ぐにだらしなく緩んだ笑顔に変わってしまう。
抱きしめて、髪を撫でて、背中を擦って、今すぐになまえの表情を笑顔に変えてあげたくて秋山は仕方がなくなった。


「まったく…俺がやきもち妬くの知ってて城戸ちゃんの話ばっかりするんだから」
「ごめん、なさい…」
「もっと…俺だけに集中してくれないと困るな」


なまえの両頬を包み込み、ぐっと視線を合わせて語りかけると、小さな声が再びごめんなさいと告げた。
一体自分はいつからこんなにやきもち妬きになったんだろうか…。
思い出そうとしてもちっとも思い出せず、秋山は一人くすりと吐息を漏らした。


「困ったねぇ…」
「え…っ、」
「いや、随分嫉妬深くなっちゃったなぁって…思ってさ」


ぎゅっとなまえを抱きしめると、秋山の唇がなまえの耳元に触れる。
ほんのりと髪から香る柔らかななまえの香りに、心が満ち足りてゆく。
好いた女の前でクールな素振りも見せられない自分を心の底で笑いながらも、こんなにも感情を表す事が出来るという事実に、秋山は素直に幸せを噛み締めながら好きだと囁くのだった。
masquerade

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