Lust | ナノ

「お前…俺がいつも勝手な事するなって言ってんのが判らねぇのか?」
「勝手な事…って、」


叱られた大きな子供は、すっかり泣き出しそうな顔をして杉内に歪んだ表情を向けた。
私、言われたとおりにしただけです…。
混乱した様子のまま消え入りそうなほど小さな声で囁かれた言葉に、杉内は直ぐに齟齬を感じとった。
ぐっとなまえの肩を掴んでおい、と声を掛ければ、びくりと竦む様が華奢な肩を掴む手に伝わる。
なんと儚く脆い生き物なんだろうかと、杉内は乱暴な手つきで触れてしまう自分自身への苛立ちを覚えずには居られない。


「誰から何を言われたんだ…?」
「っ、谷村さん…から。杉内さんからの伝言だって…メールが来て…」
「そのメールにここで待つように書いてあったのか?」


小さく頷いてみせるなまえに、杉内の口からはあからさまなほど盛大な溜息が漏れた。
あの馬鹿が…。
舌打ちと一緒に心の中でこの場には居ない谷村に悪態を吐くが、どうやらその舌打ちが再びなまえを竦ませたらしい。
ただでさえ小さな身体を一層小さくさせるなまえに、再び杉内は溜息を吐いた。


「まあ良い、後で谷村の野郎には良く言って聞かせとく」
「あの…ごめんなさい…」
「…仕方ねぇ…お前をこのまま帰すわけにも行かねぇし。あの馬鹿野郎の言うとおり、メシ行くか」
「え、っ…?」


なまえの肩から手を離し署内の廊下をすたすたと歩き始める杉内の背後には、ぱたぱたと小走りの足音が付いて来る。
谷村に対し、お節介も良いところだと思いながらも、自然と杉内の歩幅はいつもより小さなものに変わっていた。
その事実がまた、杉内に複雑な感情をもたらしている事も事実であった。


「お前の好きそうな小洒落た店は知らねぇからな、どこでメシ食っても文句は言うなよ」
「そんな…、杉内さんと一緒ならどこでも嬉しいですから」
「…そうかよ」


暗くなった外の世界に踏み出すと、なまえの手が遠慮がちに杉内のジャケットの左袖を掴む。
夜のこの時間ならばと、なまえの手を振り払わない自分が杉内自身滑稽に思えてならなかった。
メシを食ったら、駅まではなまえを送ってやろう。
そんな事を考えてしまう自分に自嘲気味な溜息を漏らしながら、杉内は行くぞ、となまえの掴む袖口を僅かに引き寄せるのだった。

waiting in the dark

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