Lust | ナノ

警ら中、たまたま通りかかったカフェから一人で出てきたなまえに、つい足が止まる。
谷村が声をかけるより早く、あっ、と声を上げたなまえが小走りで近づいてくるのを、谷村は笑顔で待っていた。


「谷村さん、お仕事ですか?」
「ああ、まあね。なまえは?」
「私はこれからデートです」
「は…?」


思わず聞き返す谷村に、なまえはくすくすと楽しそうに笑う。
スカイファイナンスの花さんとですよ、とからかうように告げられた答えに、はぁ…と盛大な溜息が漏れた。
なかなか休みが合わず、一人にしている申し訳なさもあり。同時に自分がこうして仕事中に楽しんでいるのかと思うと、僅かな悔しさも込み上げる。
ふーん、と素っ気なく相槌を打ってみるものの、楽しそうななまえの笑顔はやはり見ているだけで嬉しいものだった。


「で、どこ行くの?」
「足湯に行くんです。最近二人ではまってるんですよ」
「ふーん…」


今度谷村さんがお休みになったら、一緒に行きましょうね。
ふわりと柔らかな笑みを向けられると、拗ねて見せるのが馬鹿らしく思えてならない。
そうだな、となまえに笑顔を返すと、谷村の手が自然となまえの頭を撫でてしまう。
擽ったそうな、それでいて心地良さそうな顔を向けられると、仕事を頑張ろうという気持ちよりも切り上げてなまえと一緒に居たくなってしまうのが困りものだった。


「あ、谷村さん…また、」
「ん?」
「ネクタイ、曲がってます」
「ああ…」


すっと伸びてきた細い指先が首元の結び目に触れる。
谷村がその華奢な手を取って久々の二人の時間を堪能したい衝動に駆られたのは、至極普通の感情であった。
急に詰められた距離のせいで、ふわりと漂ったなまえの香りに眩みそうになる。
嗚呼、そういえばこのところなまえに触れてなかったんだっけ。
くたびれた身体には強すぎる刺激に、谷村は一度目を瞑るとゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせた。


「はい、これで真っ直ぐですよ」
「ん、悪い。ありが…、ん?」


ザザッと耳に突き刺さる砂嵐の音が、途端に谷村を現実に引き戻す。
片耳に差し込んでいたイヤホンが、男性同士の路上での揉め事を早口に伝える。
くっとイヤホンを軽く押し込むと、途端に谷村の顔が警察官としての顔に切り替わった。


「なまえ、悪い…近くで喧嘩みたいだ」
「気をつけて行ってきて下さいね」
「ああ。……悪い、ホント。もう少しゆっくり話出来れば良かったんだけど」
「いえ、いいんです」


谷村さんの仕事中の姿、カッコ良くて好きですから。
にこりと笑顔で向けられた言葉に、思わず谷村の両腕がぎゅっとなまえを抱きしめる。
寂しいとか名残惜しいとか、子供のような我が儘な感情を上回るほどのなまえの言葉と笑顔に、しっかり働いて早く休みを作ってやろうという気持ちが込み上げた。
抱きしめたままのなまえの耳元に行って来る、と告げると、同じように己を抱きしめるなまえが行ってらっしゃいと返す。
怪我しないでくださいね、と告げるなまえに大きく右手を上げて走り出す谷村の心の中には、柄にもなくやる気が満ちてくるのだった。

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