Lust | ナノ

鼻先をくっ付けあったままでくすりと吐息に笑いかけられると、それだけでなまえの頭などは真っ白になってしまう。
一瞬の間をおいてとん、と触れた唇は、触れただけですぐに離れてしまう。
ようやく恐る恐るといった具合にきつく閉ざしていた瞼をそろりと開いてみると、予想していた以上に近い距離にある整った顔立ちが緩やかな弧を口元に湛えていた。


「お前、キスの時はいつもそうやって緊張するんだな」
「なんだかまだ…、慣れなくて…」
「ま、良いんじゃないか?俺は毎回そういう新鮮な反応を見られて楽しいしな」


ぽん、と頭をひと撫でされても、なまえの心臓は相変わらずどくどくと小忙しく脈動を繰り返す。
胸に手を当て、ふう…とひとつ深呼吸をしてみると、再び柏木の吐息がくすりとなまえに微笑みかける。
目だけで視線を上げて柏木の様子を覗き見するなまえに伸ばされた逞しい腕が、そのままなまえの腰の辺りに絡みついた。
なまえの右の耳元には柏木の頬が触れ、嗅ぎ慣れた柏木の煙草交じりの香りに思わず蕩けてしまいそうになった。


「なまえが…欲しくなってきた」
「あ、の…柏木さん、っ…」
「ん?…ダメか?今は、そういう気分じゃなかったか?」


どう答えたものか、突然の問いかけに思わずなまえの身体が竦む。
どんな気分なのかと言われれば、決して柏木の誘いが迷惑だとは思って居ない。むしろたったひとつの口付けだけで身体中の血液が沸騰しそうなほど全身が熱くなった程だ。
それでも素直にそういう気分です、と答えられるほどなまえは羞恥心を捨て切れもしない。
なまえを包み込む柏木の香りも耳元を擽る優しい声も、先ほど与えられた口付けでさえも、なまえの心臓を跳ね上げるためにしか存在しないのではないかと思うほど、なまえを掴んで話さないのだ。
何とか柏木に察して欲しいとは思えども、どうすれば良いかは皆目見当も付かないというのが事実であった。


「どうやら、今は乗り気じゃないみたいだな…。これくらいで止めておくか」
「っ、あ…」


腰に絡み付いていた腕が緩むと同時に、なまえと柏木の距離が僅かに離れる。
寄せ合うように触れていた互いの頬が離れてしまうと、視界いっぱいに広がっていた濃い色のスーツの柄が柏木の柔らかな笑顔へと変わった。
がっつき過ぎて悪かった。
変わらぬ笑みを湛えたままで離れてしまいそうな手を、今度はなまえの方から引き止めずには居られない。
柏木の脇腹辺りのジャケットを軽く掴むと、なまえの手はそのまま柏木を己の身体へと引き寄せる。


「柏木さ、ん…」
「…なんだ?」
「あ、っ…も、」
「ん?」


ちゃんと言わなきゃ、判んねぇだろ…?
わざと身体を屈め、耳元目がけて意地悪く囁かれた声が、なまえの鼓膜を揺さぶってゆく。
目眩のような緩やかな衝撃が脳を揺さぶり、堪らずなまえは己の顔を隠すために柏木の胸の中へと飛び込んだ。


「もうちょっと、触れて欲し…」
「…ちょっとで良いのか?」
「や…っ、もう…柏木さん、っ…」
「良いだろ、たまには…。苛めたくなっちまうんだよ、お前見てるとさ」


くすくすと楽しそうに笑いながら、柏木の手は胸元にくっつくなまえの身体を引き剥がす。
先ほどとはまるで異なる少し乱暴な仕草でなまえの顎を掬い上げると、今度は舌を捩じ込む深いキスをなまえに送った。
少し苦しそうな吐息も、柏木から離れようともがく身体も、何一つ逃すことのないように柏木の腕が抱きとめる。
後頭部を押さえ込み、掬い上げた顎もそのままで舌先を絡めあううちに、ぎこちなくも舌先を差し出すなまえの拙い動きが一層柏木の行為をエスカレートさせた。


「欲しけりゃもっと強請ってみろよ…」
「っ、柏木さ…、」
「ほら…舌出してみな」


響く低音に含まれる意地の悪さが、速まるなまえの鼓動をさらに急き立ててゆく。
図らずも眉間に寄せられた皺がなまえの表情に艶を纏わせると、柏木の喉がごくりと上下に揺れ動いたのだった。

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