風に乗って「旅立ちの日に」が聞こえてくる。私たちは旅立つ。なにも見えない道程を手探りで。
感慨一入、教師が唱える呪文のような公式も耳に届かない。

就活


「なあ名前ー」


達哉は菓子パンを頬張った。甘ったるい砂糖の匂いが二人の周りに充満している。私と達哉は、昼休みになると屋上に続く立ち入り禁止の階段で昼食をとるのが常だった。
静かすぎる空間は、俗世間とかけ離れた特別な所に感じられた。


「進路もう決めたん?」
「うーん、まだ」
「どうすんねん、お前。幸子さん心配してたやんか」
「お母さんのこと名前で呼ばないでってば」
「じゃあ、お義母さん」


ぱく、と二口目。大きく崩れたメロンパン。私も達哉の食べっぷりを見ながら、彼と一緒に購買で買ったパンのビニール袋を引き裂いた。


「私は才色兼備の君と違って出来が悪いの、一緒にしないでよ」
「あー、名前が怒ったあ」
「怒ってないよ」
「うそや」


目が怖い、と言いながら達哉は笑った。私も合わせて笑うが、心の中は晴れないまま、一層暗雲が立ち込めてきていた。

頭上にあるスピーカーから、チャイムが鳴り響いた。時計を見て、それが予鈴であるのを確認する。達哉は残りのパンを口に押し込んで、立ち上がった。次の授業は体育だと朝から張り切っていたからだった。


「はよ着替えなな、」
「…うん」


私は余ったパンを持ったまま、二段先に降りている達哉を見下ろした。そうしてるうちにも彼はどんどん先に行ってしまう。
言い知れぬ不安感、このまま達哉は私のことを置いて居なくなってしまうんだ、と思った。


「あ、そや」


達哉は振り返って、私を見上げた。もう一番下まで降りていた。


「もしお前の仕事が決まらへんかったら、福澤家くればええわ」


もう既にワイシャツのボタンを半分も外している達哉は、大人びた表情で私の不安を取り除いてくれた。
返す言葉に困っていると、ぱっと悪戯じみた顔になって、


「俺の飯、それに洗濯と掃除、給料なしでこき使ったるからな!」


覚悟しろ!と言い残し、私の視界から走って消えて行ってしまった。そんな事言われたら、と思う。


(そんな事言われたら、益々就活する気なくなっちゃうよ)


溜め息と一緒に、胸の中の憂鬱が外に出ていく。階段を駆け降りて、教室に向かう。足取りは軽かった。

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