私の彼は、過保護です。


箱入り彼女


「ほんまに大丈夫か?」


電話口の達哉はつくづく心配そうな声で、この数分間のうちに何度目かも分からないその質問をした。
私は姿見で自分の姿を最終チェックし、それからブーツに足を通した。


「大丈夫だってば、分からなくなったら人に聞くし」


私は今日、彼の試合を観に行く為に電車に乗ったり、町を歩いたり、一人では初めての事をする。
方向音痴で、デート中よく迷子になる、…そんな私を知っている達哉は試合が始まる直前であるにも関わらず、こうして電話してくれている。


「…ほんまに、心配や、」
「大丈夫だよ。電車くらい」
「あかん!電車が一番心配!」
「なんで?」


なんでて、と達哉は嘆きの声に限り無く似た声を絞り出した。
私は家の鍵を閉め、それから腕時計で時間を確認した。電車が発進する時間までそんなに余裕がない。


「名前は可愛いから痴漢に遭うかも知れへん」


可愛い、だって。普段ならそんな事間違っても言わないのに。
訂正する様子もないし。


「女性専用車両があるよ」
「引ったくりもおる」
「大丈夫、抱えるから」
「もしかしたら、」


果てしないな、と思った私は、彼には申し訳ないけれど、今から電車に乗り込むからと電話を切った。
空いている席に座り、マナーモードに設定、府内なのだから大丈夫、と自分に言い聞かせて発進を待った。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


結局、スタジアムに付いたのは試合が始まり一時間強、過ぎる頃。つまりは終わり…だ。


「やっちゃった…」


はぁ、と溜め息を吐き、携帯を鞄から取り出して開いた。達哉からの電話を切った数分後のメールに始まり、試合が始まる本当の直前、本来ならば柔軟運動などをしている時間だろう、そんな時間に届いたメールで終っていた。


「最低だ、」


取り敢えずスタジアムに入る。
観戦に来ていたであろう人々の流れに逆らい、足を進める。達哉は怒っているだろうか、呆れているだろうか、そんな事を考えながら。


「名前!!!」


顔を上げると、汗がびっしょりで、ユニフォーム姿のままの達哉が扉の向こうに立っていた。
ここはお客さんが出入りするところで、選手が来る事はない。


「…控え室行こう思たら、名前の姿が見えたからな」


来てもうた、と無邪気な笑顔でそう言った。お客さんの姿はほぼなかったけれど、コートと此所とじゃあ、余りにも距離がある、のに。


「ごめん、なさい」
「なんで謝るねん」
「間に合わなかった…」


涙が込み上げて、慌てて俯いた。
シューズが床を擦るキュッキュ、という音が近付いて来る。
そして頭を撫でられた。


「痴漢には遭わへんかったか?」
「…うん、座ってたから」
「ぼったくりは大丈夫か?」
「…だいじょう、ぶ」


そっか、良かった、と達哉の優しい声が頭の上でした。


「名前が無事に着いてくれただけでええねん、やっと安心した」


こんな、自宅からスタジアムまで一人でこれないような女に、迷子になっていつも自分を困らせているような女に、優しい貴方は少し変だよ。
だけど、嬉しいと思ったのは確か。


「次からは一緒に来よな」
「朝一のお客さんは私ね」
「そうやなぁ。それに俺と一緒なら痴漢に遭う心配もない」



帰り道、たまたま通り掛った清水くんに「箱入り娘ならぬ箱入り彼女だね」と言われ、達哉はうまい!と喜んだけれど私は少しだけ、気恥ずかしかった。

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