眠れない日が続いている。
疲れているはずなのに、夜になると目が冴える。眠気が訪れても、すぐに遠くへ行ってしまうのだ。


睡眠不足


今日も隣りで眠る裕太を起こさぬよう、ホットミルクを作るべくこっそりベッドを抜け出した。

牛乳を入れた鍋を火に掛ける。いつものマグカップを食器棚から取り出して、牛乳の表面に膜が張るのをぼんやりと眺めていた。ふつふつと、小さな泡が溢れてくるのを見詰めていると、牛乳の膜のように曖昧な薄っぺらい眠気がやって来た。


「…眠れない?」


突然聞こえた声に、慌てて振り返る。眠け眼の裕太が冷蔵庫に寄り掛かるようにして立っていた。


「起こしちゃった?」
「いや、小便」


ふわあ、と大きく欠伸をし、シャツ越しに腹を掻いた。裕太がトイレへ消えるのを確認してから、鍋の火を消して、ホットミルクを注いだ。
温かな湯気を顔一杯に浴びて、一口飲むのと同時にトイレから水の流れる音がして、それから裕太がフラフラとした足取りで現れた。


「名前、眠れないの?」


欠伸を我慢したのか、涙目になった裕太は私の肩に腕を回した。
ホットミルクの温かさと、近くに感じる裕太の体温が心地よかった。


「うん、目が覚めちゃって」


これは今日に限ったことではなかったけれど、敢えて言う必要もないと感じていた。裕太に無駄な心配を掛けることも考えられたし、これを飲み終えたら裕太と一緒に布団に入ろう、と思った。


「でも、最近よく起きてるね」


私からホットミルクのマグカップを奪い去ると、ぐっ、と傾けた。熱かったのか、顔を歪める。


「……気付いてたの?」
「うん、名前、辛そうだったから声掛けられなかった」


頭を寄せて、ごめん、と呟く。裕太の声は優しかった。私が俯くと、裕太は少し考えてこう言った。


「俺が熟睡させたげるよ」


ホットミルクよりも俺の方がいいに決まってる、と笑って、私の手を引いて寝室へ足を向けた。


「布団入って」


私は言われるままに布団に入り、そして裕太も入った。枕と頭の間に彼の腕が入り込む。それからぎゅう、と抱き寄せられて彼の胸に顔を押し付ける形になった。


「ゆう、た?」
「こうしてたら、眠くなるよ」


心臓のとくとくと波打つ音が、すぐ耳元で聞こえる。
呼吸する度に上下する胸、筋肉が付いた腕、久しぶりに感じた最高に眠たいという状態に、目を閉じた。


「ね、気持ち良いでしょ」
「うん、あったかい…」


頭の上で聞こえる裕太の呼吸に合わせて呼吸を繰り返すうちに、意識は遠のき、そして眠りに落ちた。

翌朝、目が覚めると裕太の姿はなく、ソファに寝間着が脱ぎ捨てられていた。テーブルには新聞と一枚の紙切れがあり、それには走り書きでゆっくり寝ていなさい、といった内容のメッセージがあった。

鏡に映る寝癖がついた自分の姿をみて、噴き出した。


「汚いなあ」


それでも、幸せな睡眠の証だ。寝不足解消には愛しい恋人の添い寝が一番なのだ。私は顔を洗いに、洗面台に向かった。

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